『不死のワンダーランド』ドイツ語訳刊行2015/02/18

 しばらく前から楽しみにしていた『不死のワンダーランド』のドイツ語訳がとうとう刊行された。いまはベルギーのゲント大学で教えるアンドレアス・ニーハウス氏がホソイ・ナオコさんと組んでかれこれ7~8年がかりで訳してくれたものだ。その他、日本からの留学生もチェックに参加してくれたようだ。

 バタイユ、ブランショ、レヴィナス、それにハイデガーと、ドイツ語圏では比較的なじみのフランスの作家・思想家の読解をベースにした議論、それもヨーロッパではなく日本で深められた議論に、どれだけ読者がいるのかわからないが、それでも楽しみではある(もともとこの本はそんなに多くの読者を想定しているわけではないが)。

 この本は、アウシュヴィッツとヒロシマを、単にはなはだしい惨事としてではなく、存在論的に照応させて考えるということにかけては、ほとんど先駆的だったと思う。いまでは並べて語られるのは月並みになってしまっているが、それでもその根拠があまり深く考えられたことはないようだ(だから、また今になってハイデガーの隠していた『黒ノート』が物議をかもす)。

 本当ならフランス語に訳してほしいものだったが、これも読者の作ってくれた縁のなせるわざである。21世紀スポーツ文化研究所の稲垣正浩さんが、かつてケルンで半年間スポーツ史についてのゼミナールを行なったとき、興味をもってこのゼミに出席していたのが訳者のニーハウスさんだった。稲垣さんが理論的な解釈や展開のときによく言及するニシタニとは何者かと興味をもち、それが機縁でニーハウスさんはとうとう『不死のワンダーランド』の翻訳に取り組むことになった。その意味では、稲垣さんには感謝の至りである。

 ただし全訳ではない。何分分量も多かったため(昔の小さ目の活字で430ページもある)、訳者と協議して講談社文庫版をベースにし、ハイデガー論争の部分を削って、2002年の増補版に付した論文を訳してもらった。その結果、この増補版の半分程度の分量になった。

 だから構成は以下の通りだ。

Ⅰ ドイツ語版へのはしがき
Ⅱ 不死のワンダーランド
 1 〈ある〉、または〈存在〉の夜と霧
 2 死の不可能性、または公共化する死
 3 〈不安〉から〈不気味なもの〉へ
 4 〈不死〉のワンダーランド
 5 〈共に在る〉とはどういうことか、共同体と死/不死の論理
Ⅲ 解題 フクシマの死(小林敏明)
Ⅳ 訳者付記

 1~4が実質論議の部分で、5は増補版に付け加えたまとめと展開ということになる。時節がら「ハイデガーの褐色のシャツ」や「数と凡庸への諾と否」も加えておけばよかったとも思うが、訳者にまたたいへんな負担をかけることになる。

 また、ドイツ在住でライピツィヒ大学で哲学を教える小林敏明さんが解題の労をとってくれた。行き届いた紹介に感謝している。

*Wunderland der Unsterblichkeit: Mit einem Nachwort von Kobayashi Toshiaki, Übersetzt und herausgegeben von Andreas Niehaus und Hosoi Naoko, Iudicium (24 Januar 2015)
ISBN-13: 978-3862054084
http://www.iudicium.de/katalog/86205-408.htm