パリに出現した「戦場」2015/11/15

 昨日(14日)の朝、パソコンを開けたからそこに第一報があった。パリの友人からのメッセージ、「私たちは前線にいる。パリ10、11区、サッカー・スタジアム襲撃、外出禁止、国境閉鎖…」と。すぐにリベラシオンとル・モンドのサイトを見て状況を知る。現地時間は真夜中過ぎ、犯人が立て籠もったバタクラン劇場周辺はまだ騒然としていた。

 最初の印象は「これは戦争だ!」というものだ(15年前、9・11に際してブッシュが「これは戦争だ」と言明したときには、「これは戦争ではない!」と反論したが、今回は違う)。パリは戦場になった。

 というのは、去年1月のシャルリ・エブド襲撃事件を契機にオランド大統領のフランスは「テロとの戦争」への関与を深め、シリアやイラク空爆のために原子力空母シャルル・ド・ゴールを地中海東海域に送った(そのときに、オランドは空母上からアピールを発し、これが低迷していた支持率の上昇につながったと言われる)。その空母を最近はペルシャ湾に送って空爆を強化していたのである。

 つまり、フランスは戦争をしているのだ。その攻撃対象はIS(イスラーム国)であり、だとしたらフランスは当然ながらイスラーム国の「敵」である。イスラーム国は戦闘機も爆撃機ももたないから別の闘い方をする。それは戦闘員を敵国に送り込む、あるいは敵国にいる潜在的予備軍を組織して活動させるということになる。それ以外に攻撃手段がないから。そしてそれが実行されたのが今回の事件だ。

 シャルリ・エブド襲撃事件はまだ、ISその他のイスラーム過激組織に影響された国内の過激分子による行動という趣があった。それは「表現の自由」に対する「テロ事件」ですませられただろう。だから「テロには屈しない」「自由を守ろう」「フランスは怖れない」の大衆行動が沸き起こる。

 だが、今回はそうはいかない。フランスは間違いなく「テロとの戦争」の当事国であり、いま戦争の渦中にあるのだ。「敵」に空襲の能力はない。その代り、密かにコマンドを敵国首都に送り込んで、金曜日の繁華街で空爆にかわる「カミカゼ(特攻)」を敢行する。そのコマンドはアメリカがイラクやシリアに送り込んでいる特殊部隊やCIA工作員と同じだ(現場からルポするフランスのジャーナリストが、自爆犯のことを「カミカゼ」と呼んでいたのが印象的だった)。

 だから今回は、「私たちは皆フランス人」と言って連帯を表明することはできない。たんなる「テロ」ではなく「これは戦争」だからだ。「テロとの戦争」とは攻撃する「敵」の存在や資格をあらかじめ認めず、「文明国」による「敵」の一方的殲滅を正当化する概念である。この言い方は、それ自体が戦争であることをごまかす概念でもある。だが、それが戦争だとしたら、「敵」からの反撃は当然ある。あたりまえのことだ。

 空爆だけでなく、ドローンやロボット兵器、遠隔操作の可能なあらゆる手段を使って「テロとの戦争」は遂行されている。最近アメリカでは、ドローンによる攻撃の9割近くは誤爆だと検証されたという。この無人機攻撃によって誰が殺戮されているのか? 空爆でどれだけの人間が住む場所を破壊されているのか? ヨーロッパに押し寄せる数百万の難民はみなそうして生きる場所を失った人びはである。もちろん米欧による空爆だけが生活世界の破壊の原因ではない。中東地域に広がる戦乱のあらゆる関与勢力がこの「災厄」を広げている。けれども自称「文明国」の空爆は、アフガニスタン空爆から考えれば、この「人の生きられない荒野」創出の第一原因だと言わざるをえない。

 それが「文明」の名のもとに行われている。「テロとの戦争」と言えば、国家のあらゆる破壊行為や殺戮行為が「正義」の行使として正当化されるが、それが「戦争」だというなら、当然「敵」との交戦がある。そしていまパり(だけでなく世界中いたるところ)が戦場になってしまった。

 アメリカのオバマは、いち早くこの攻撃が「たんにフランス国民だけでなく、人類全体に対する、普遍的価値を共有する人類に対する」攻撃だ、として支援を約束した。それは「文明対野蛮」という対立によって「テロとの戦争」の野蛮さを覆い隠すための必死の手当てだったと言っていいだろう。

 この出来事は、当然ながら「戦争ができる態勢」を整えつつある日本にもさまざまに影響を及ぼすだろう。今日はとりあえず、最初の印象だけを記しておきたい。

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 これを出発点に、「"テロとの戦争"という文明的倒錯」を書きました。『世界』2016年1月号。

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