オルタナ時代、「無理心中…夜の婿入り」の顛末2017/10/02

 情況はもう見えている(10/02朝)。
 
 キボウは50ないし60を擁立し、民進からの合流は150ないし160と伝えられるが、民進は前回惨敗で落選した多くの候補を抱えていた。キボウへの合流は前回落選のまともですぐれた候補たちにも節(安保法制廃止・非戦・反TPP等)を曲げさせ、あるいは路頭に迷わせ、挙句に合流から締め出されるリベラル派に選挙区でキボウの対抗馬を立てさせることになる。
 
 これでは、モリカケ逃れで無茶な「突破」解散を仕掛けた安倍自民を追い落とすのではなく、安倍政権を追い詰めたリベラル勢力を政界から締め出す結果になってしまう。前原代表はそれでよいのか?最初の政権交代を果たした民主→民進党の歴史的遺産を、最終的に沼(米追従で民を操る戦後政治のなれの果て)に沈める墓堀人になってしまっていいのか?

 いまリベラル新党の動きが進んでいるという。だがほんとうは新党ではなく、出てゆくべきは前原とキボウに合流する人たちだろう。いまから新党はたいへんだし、無所属では比例候補も立てられず、政見放送もできず、厳しい選挙戦を強いられる(それに民進の政党交付金は?)。そして選挙区には自公だけでなくキボウの候補が立つ。これが代表に選ばれた前原氏の(当人の意図いかんに関わらず)賭けの結果だったということだ。

 だが結果として、これでリベラル市民は腰の定まらぬ民進の尻を叩くためにイライラして無駄な力を割く必要はなくなる。立憲野党の後押しに集中すればいいからだ。

 去年、自公・民進・連合を相手に新潟県知事に当選した米山氏が的確な私見を発信しているようだ。昨日の武蔵野市長選も松下玲子さんが当選した。前原氏、賭けるのなら、この流れに賭けてほしかった。

 なお、われわれ(この見解を共有してくれる潜在層)にとって問題は、政治党派の離合集散や綱領云々の話ではない。日本の政治に立憲主義・民主主義を貫こうとする政治勢力の結集を求めているということだ。

*以上「無理心中・日本の秋、飛んで火にいる夜の婿入り」の結末。
 小池新党が「希望」だというのはオルタナ・ファクト(置き換え事実)でしょう。だから「キボウ」と表記します。日本もまったく「ポスト真実」の時代です。
*あと「リベラル」とは何かを明確にしなければなりません。これは難しいことではない。すぐやります。

政治家も多くのメディアも読み違えていた秋の陣2017/10/07

 舛添辞任、小池知事登場後の都議選で、森友・加計疑惑を隠す安倍自民党が大敗(57→23)、小池知事の作った新党「都民ファースト」(米トランプの標語にあやかった命名)が大勝して55、民進党も少ない議席を減らした。民進5に対して共産党は2増の19だった。

 この結果を見て、共産党にも大きく水をあけられた民進党は焦ったのだろう。評判の芳しくなかった蓮舫代表は、国籍問題も持ち上がって野田幹事長とともに辞任し、内閣改造、閉会中審議のあった夏をかけて代表選を行い、前原新代表を選んだ。二重国籍を問題にしたのはもちろん右派だった。井出栄策の消費増税再分配理論に傾倒した前原は、ネオリベから社民的考えに変わったとも言われて、一部に多少の期待ももたせた。

 (前原は民主党政権の失敗を踏まえ、財政再建のための消費増税を貫くことで「責任政党」たる軸を打ち出すつもりだったのだろう。だが、井出理論は階層化容認のうえ、現在の日本の行政機構や財政執行体制を考えれば空論でしかない。それに、現在焦眉の政治の争点はそこではなく、安倍政権の体質と憲法・安保問題なのだが、前原はそこをかわして代表になった。)

 永田町で右往左往する政治家たちの間では、旧維新と合同した民進党が求心力を持てないのは、共産党に引きずられて中途半端な「リベラル」路線に流されているからだ、改憲問題や安保法制で「現実的」な路線を打ちだせず、「反対政党」に留まって「責任政党」としての姿勢を打ちだせないからだ、といった固定観念があったのだろう(それも「民主党政権「失敗」のトラウマだ)。だから、安倍自民の乱暴な政権運営に批判が強くなっても、その批判票の受け皿に民進党がなれないのだ、と。

 だから前原代表は、この解散を千載一遇のチャンスと見て小池都知事の立ちあげた新党に合流することを考えた。相手は「小池人気」しかない新党、民進党のそれでも残っている基盤と人材と資金があれば、風船のような新党の実質を取ることで民進党の「衣替え」ができると。そのための最大限の手土産が、民進からは候補を出さない、つまり党を解消して「希望」に移るという、いわば身売りだった。

 しかしそうは行かないのはその後の経緯が示す通りだった(先に民進を見限って「希望」に移った連中が、閻魔大王よろしく民進候補者に「踏み絵」を課した等の詳細にはここでは踏み込まない)。

 前原や永田町で浮足立つ者たちは見誤っていた。政治を報道し論評するメディア関係者たちもそうだ。この五年の「安倍の天下」でしだいに湧き起ってきた「反安倍」の機運は、もはや「サヨク」の反対ではない。多数を頼んだ強引な権力行使と、森友・加計で露呈した政治のあからさまな私物化、それへの批判を権力やメディア操作で押し流そうとする、盗人猛々しいやり方への怒り、そんな政権が国や国民の命運を思いのままにしようとする事態への、ふつうの市民の怒りや不安や危機感だったのだ。

 そのことが、民進党の議員たちには届かなかった。民進党はむしろ自民党や主要メディアからの、「責任政党」になれという批判に応えようとした。その結果が、安保法制や改憲への「現実的対応」であり、そのために「リベラル」派を黙らせ排除するという前原の選択だった。

 それでは、この間、身銭を切り時間も割き文字どおりボランティアで安倍批判の声を挙げてきた広範な市民たちの思いを受け止めることはできない。むしろそういう政党をなくすことになってしまう(共産党はあるが、共産党は「共産」の旗を降ろすことのできない政党だ)。市民は「まともな政治」を目指してくれる、そして多くの市民の思いを反映してくれる政治勢力を渇望していた。そういう思いの広がりを読み取れず、逆に前原らはそれに応える党内勢力を潰そうとしたのだ。

 総選挙準備のドタバタのなか、違憲安保法制反対を市民とともに闘った議員たちが急遽作った立憲民主党は、その思いをを受けとめて誕生した。だからケンミンは一気に結集軸へと押し上げられたのである。

 いずれにせよ今度の解散総選挙、安倍政権の作り出した「国難」(国権の私物化・政治の崩壊と、トランプ・アメリカへの国売り、それをごまかす北朝鮮危機と軍事化)を「突破」するために、わざわざ安倍が投げ出してくれた機会である。

 多くの市民が求めるのは、こういう政治状況を打破すること、そのために小選挙区制のもとでともかく野党が共闘し、ひとつでも自公議席を減らして打撃を与えることである。政策論議はその後でいい。むしろ、まともな論議(憲法・税制・外交・社会構想等々)を成立させるためにも、いまの「安倍の国難」をまず切り抜けなけなければならない。妄想と嘘とごまかしと居直りの、こんな政治は続かないということを安倍一党に思い知らせなければならない。

アベノ「突破解散」総選挙にあたって2017/10/10

 衆議院選挙が公示された。この選挙の争点は、北朝鮮対応でも、消費税の使い道でも、改憲でもない。モリ・カケ逃れにそんな解散を打ち、北朝鮮危機まで煽ってごまかす、国権私物化の安倍政権を許すかどうかが争点。他の問題は、まずこんな政権をお払い箱にしてから議論すべきこと。

 安倍の「一億総活躍」よりずっとソフトで無内容な「キボウ」が澱みに浮び出て、そこに野党第一党が呑み砕かれ、政界図式が激変した。だが、それでも選挙の基本争点は変わらない。安倍は「与党過半数なら続投」と言う。87議席失っても辞めないということだ。こんな政権にとにかく消えてもらう、それがまず第一の課題。続けさせてはいけない。

 以下は選挙スピーチの際に念頭に置くことの覚え書。
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 8日のネット上での党首討論で安倍は「この国を守り抜く」という標語を掲げた。 「この国」とは、自分が私物化している「この国」だろう。それを守り抜くための「突破解散」だ。つまり、森友・加計問題が露見し、その追及を逃れるため、開いた臨時国会をいっさい議論させずに解散した。それで四百億かかるそうだ。

 この政権による国の私物化はそれだけではない。官僚の人事権を握って言うことをきかせ(安倍に尽した者だけが露骨に出世する)、裁判所にも空気を読ませ、メディアも手なづけ脅し岡っ引きを送り込んでなびかせる。行政も司法もメディアも汚染、それが今のこの国の基調を決めている。

 そして「外患」を使って「内憂」から目を逸らさせる。「北朝鮮危機」をトランプの尻馬に乗って煽っているのは安倍自身である。歴史的経緯にも蓋をし、弱小孤立独裁国家を「暴発」に追い込む火遊びに、国民も国の名誉も引きずり込もうとする。

 核兵器とIT・AI戦争のこの時代、「国を守る」最も基本的なことは、戦争をしない・させない努力だ。起こったら終わりだから。

 それでも自民・キボウの候補の40パーセント近くが、トランプ・アメリカの武力行使の選択支持だという。米による攻撃は北の必至の反撃を誘い、とりわけ韓国、そして米軍基地日本に多大な被害を出すことは明らかだ。

 トランプは世界から無思慮で危険な指導者と見られている。それに嬉々としてくっついているのが安倍、金正恩といいコンビと見られている(トランプも「ロシア・ゲート」をごまかしたい)。

 アベノミクスはどうか? 日銀に札束を次々刷らせ、金融市場をダブつかせて株価を吊り上げ、好景気を演出する。円の価値が下がって輸出企業はホクホク、しかし儲かるのは資産家だけ。「企業の活躍しやすい国」にするため働く者は搾り取られ、「女性の活躍」と称して女性も低賃金・非正規雇用で働かせる。結局、貧富の格差は拡大され、若者には希望がなくなり、老人は切り捨てられ、さまざまな社会的弱者はお荷物として扱われる。

 実は日本の「豊かさ」とは、敗戦後の日本人が「戦後レジーム」のもとで営々と築いてきたものだった。それを破壊するのが「戦後レジームからの脱却」。だから安倍自民党はもはや「保守」などではなく、復古幻想がまつわりついた破壊と転覆の「反動」勢力なのだ。

 安倍「改憲」とは、国家の私物化を制度化すること。つまり、国民のために権力の恣意を縛るはずの憲法、その憲法を「みっともない」として廃棄し、国民が国家に尽すことを命ずる憲法に変えようということである。その憲法の下で、国家の私物化を恣にするというのが安倍「改憲」の願望であり、このような「改憲」を求めるあらゆる勢力は、この憲法のもとで国家を代弁し、国民を自分たちのために拘束しようとする連中である。

 彼らはときに「国家主義者」と呼ばれるが、たいていは「国家」の名の下に人びとに「愛国心」を押しつけて、私欲を粉飾する夜郎自大である。だから彼らは、いつも人に戦争を押しつけて、自分たちは大本営で命令だけしようとする(あるいは、その権力に群がって保身を追及する。

 では、この選挙にどう向き合うべきか。言うまでもなく、ここで安倍自民が「勝つ」ことがあれば、「破壊と転覆」にフリーハンドが与えられたも同然になる。ここは「右・左」でもイデオロギーでもなく、まず「まともな政治」を取り戻すことが喫緊の課題である。あらゆる議論はその条件ができてからだ。そのために夜郎自大を一人でも多く追い落とし、「まともな議員」を一人でも多く当選させなければならない。それがこの総選挙の単純な課題だ。

 小池東京都知事も例に漏れない。「キボウ(化粧品の商標か?)ってなんか感じ悪いよね」という直感を大切にしたい。