「令和」の夏、「嫌韓」戦争化する日本(『myb』)2019/10/18

*「myb」という小さいが個性的な雑誌がある。三省堂から独立した伊藤雅昭氏がやっているみやび出版の社誌だ。この雑誌にはこだわりがあって「団塊の世代の明日へ」というのがキャッチフレーズ、この10月に出たのが終刊号だ。「令和への伝言2019」という。伊藤さんの志をわたしは尊ぶが、じつはわたしはいわゆる「団塊の世代」だけでなく「世代」へのこだわりというのが嫌いである(かくいうわたしは1950年3月生れで、どちらとも言えない)。だが、伊藤さんへの敬愛から何度かこの雑誌にも寄稿してきた。終刊号への寄稿も依頼され、ともかく寄稿したのが、夏に何らかの形で書いておこうとした「令和初年の日本」の診断である。『世界』に寄稿したものも同じような認識に立っているが、この稿、ブログに掲載しておきたかったので、雑誌が刊行された今、掲載することにする。
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 「令和」という元号が何の議論もなく定められ(一九七八年に作られた元号法という形式的な法律だけが根拠だ)、新しい天皇が即位し「世が改まった」とされて、後は開催まで一年と迫ったオリンピックに向けての機運盛り上げだ。「ニッポンがんばれ!」と皆が言えるスポーツ・イヴェントにメディアは収斂し、東京湾の汚染水を隠して盛り上げムードがあたりを埋め尽くし、酷暑も高校球児の活躍にならって、打ち水や新潟からの雪輸送で乗り越えようとキャンペーン、誘致買収のニュースもやり過ごして、「レイワ・ニッポン」の一体感が醸し出されている。

 だが、そんなとき、「上手の手から水が漏れる」ではなく「下手な手からダダ漏れ」で、この一体感が押し潰そうとしている日本社会の分断が噴き出てしまった。

 分断のひとつのドライブは、社会の二階層化を不可逆的に進めるネオリベ的経済社会政策だが、その分断を逸らして束ねるのが「歴史修正」(フェイク、捏造・居直り・文書破棄)圧力だ。「日本人でよかった!」。もちろん日本でこの二重操作をやっているのは安倍政権だが、じつは「世界戦争」後四半世紀、世界中のあちこちの国で同じようなことが起きている。その解き明かしはまたにして、ここでは日本の夏の風景だ。

 去年からのくすぶりに火をつけて、この夏いちばんの世相の花火になったのは(ただしこの花火、火は落ちても空は燃え続ける)言わずと知れた「韓国叩き」。日本が荒稼ぎした朝鮮戦争以来、朝鮮(北)・韓国(南)に分裂しているからトリックが使いやすいが、ともかくまとめて、明治以来の「アジアに冠たる」近代日本の十八番だ。

 平成から令和の移行に先駆けるように、安部政権の「キタチョーセン」非難は、不意に「韓国敵視」にコンバートした。平成末期には、北朝鮮言うところの「ロケット」が飛ぶたびに、「核弾頭ミサイル」だと非難して、国内で「座布団頭に避難」の訓練を指示していた安倍政権は、令和のいまでは、「我が国に脅威のない飛翔体」とか言って、何度飛んでもゴルフを続けて涼しい顔だ。これは、アメリカのトランプ大統領が、身内からの脚とりもかわして、北朝鮮融和策を採っているから、ペンキの剥げた一枚看板の「拉致問題」で協力してもらうためにも、また「日米は完全に一致」に反しないためにも、ここはトランプ様の意向に合わせないといけない、というわけだ。

 そこで安倍政権は、北非難に代えて「韓国けしからん」を強く打ち出すようになった。どっちにしても「チョーセン」だ。きっかけは韓国最高裁の元徴用工判決だが、これを安部政権は日韓条約の包括合意に反するとして非難、なんとかしろと文在寅政権にかみつく。それ以来、戦闘機が日本艦船に照準を合わせたとか(こんなのは問題化しないためむしろ現場で処置するべきと、田母神先生も言っている)、そして令和に入ると、韓国経済の中軸を狙って半導体部品の輸出制限を打ち出し、韓国を「ホワイト国」から除外するという閣議決定までした。これはもはや経済的な敵対宣言である。
 
 もちろんその前哨には、前の朴槿恵政権で手打ちしたつもりの「慰安婦合意」を、民衆デモから生まれた現文在寅政権が見直す姿勢をとってきたことがある。慰安婦問題は、日本軍の名誉を貶めるものとして、その否定ないしは棄却が日本の歴史修正主義の中心課題となってきた。安部政権の中核支持母体はその歴史修正主義である。だから、その問題にもつながる元徴用工判決で、一気に韓国への強圧姿勢を示したということだ(その効果には大いに疑問があるが)。

 元徴用工問題は、財界を守るという意味をもつ。それも新日鉄や三菱系など、戦前からの軍需産業に関わる企業だ。だから安倍政権の姿勢は財界の支持を得やすい。それに、民主化運動から生まれた文在寅政権は、企業利益最優先の新自由主義的経済運営をやっていない。それが日本の財界は気に入らないから、その「失敗」を挙げつらい、韓国経済をけなすのが常態になっている。そこには、さまざまな悪条件を抱えながらも、IT・半導体産業などでも日本を凌駕してきた韓国経済に対する不安や警戒が働いている。

 というので、この「対韓強硬」姿勢はメディアでもオリンピックなみの支持を受けているようだ。ある世論調査によれば「ホワイト国指定除外」に対する支持は8割以上という。そんなときに、8月には「あいちトリエンナーレ事件」だ。韓国で慰安婦問題の象徴になっている「少女像」が展示されるというだけで、開始前日から大物ネトウヨが号砲、2日目には名古屋市長が会場に押しかけて「日本人が貶められる」と唸ると、夥しい数の恐喝電話やメールやファックス(「ガソリンを撒く」)が、たちまち展示を中止に追い込んだ。 他方で東京都知事は、今年も関東大震災時の朝鮮人虐殺慰霊祭へのあいさつを送るのを拒んだという。日本はすでにその時代のようだ。「戦時体制」を敷くのに、じっさいにミサイルや戦闘機を飛ばす必要はない。非常時だと、緊急事態だと言い募ればよい。そうすれば、ウソとフェイクで国民を走らせ食い物にする夜郎自大の天下は安泰だ。といっても「外交」は鬼門だ。都合よく「歴史修正」の効かない「他者」がいるからだ。この引っ込みのつかない「最悪の日韓関係」は、日本の「国盗りども」に吉と出るか凶と出るか。