令和ニッポン・コロナ禍絵巻2020/05/05

 「朕はたらふく食っている、汝臣民飢えて死ね」というのは、もちろん天皇が言ったわけではなく、敗戦で塗炭の苦しみを味わう民が、崇めてきた形式上の統治者に、オレ達の関係はこういうことじゃないか、と差し向けた怨嗟の表現だ。

 コロナ禍はいつの間にか、現代医学を擁する社会とウイルスとの闘いというより、たんなる災厄の様相を帯てきた。だから人びとは「戦時中」を、そして十年前の「大災害」を想起する。政府(官邸)は「専門家会議」(現場に出ない公家医者たち)を立てて、その諮問に基づき「緊急事態」を延長するという。

 首相が学芸会の主役のように読み上げるプロンプターに書かれているのは、「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び…、汝ら臣民の一層の自粛を要請する」というセリフのアニメ・ヴァージョンである。そして医療「専門家」は、「私たちは医療効率化を目ざした貧しいこの国の国難にきわめて適切に対処しているが、愚民(NHK字幕)の皆さんの協力が芳しくないために感染拡大、なおしばしの活動制限をお願いしなければならないが、皆さんがそれを前向きの気持ちで受け入れられるよう、"新しい生活様式"という処方を煎じて差し上げよう」とのたまう。

 これ新時代風の装いではあるが、じつは昔からの日本の祀りごとではないか。メディアすだれ社会の宮中政治。摂政ですだれの向こうに控えるのは竹中某、関心は「未来投資」にしかない。アベは兵隊も考えずに武器と基地造りに邁進する蛮族憎悪の征夷大将軍きどり。コロナなんて面倒な他人事、タイクツだなー、でも支持者に言われて憲法改正言ってみる。オリンピックもできそうにない。もういいから、あとは御典医集団とV字開腹(ママ)専門家に任せておこう。不満騒ぎは不思議に草の根から湧き出るボランティアの「自粛警察」が潰してくれる。

 グローバル化の21世紀にあんまりな既視感だ…。何しても失脚しないアンマリなとかいう元大臣が言ったそうだ、「自粛の力でコロナに打ち勝ち、ふたたび世界に"ニッポンすごい!"と言わせましょう」。自粛はカミカゼか? ほんとにそうなりそうでコワイ。


絵巻注釈)
 ついでに言っておくと、「自粛」とは政府の(官邸と御用学者)の無能の責任を民に丸投げするのを隠す表現。だってお前たちのせいだ、皆さんのご努力で…、と。自粛強要は言うこと聞かない民への罰、専門家がそう言っているから。でも、刑務所暮らしじゃないよ…、コロナと共生する「新しいライフスタイル」。早く大人しくして消えちまえ、って聞こえる。
 感染拡大を抑え込むことのできた国は、行政力のしっかりした国。あるいは行政の信頼されている国。日本はアベ政権のもと、行政体制がすっかり腐敗・無能化してしまったため、ほんとうに社会(民)は「自衛」するしかない。すると政府は「自粛要請」の成果が出た、と自分の手柄にする。だが「民の自衛」は無能政権に対する引導渡しでもあるはずだ。
 国家の統治 vs. 社会の自衛 
 ⇒ 私的統治 vs. 民衆防衛(自治あるいは「公共」の確保)