日本の緊急事態――私物化した統治と中間圧力 ― 2020/05/14
*沖縄で発行されている『越境広場』6号(準備中)に寄稿した。もともと首里城再建問題を扱うはずだったが、現在の「コロナ禍緊急事態」と切り離すことができず、少し当初の趣旨と違ったものになった。その中から、標題で一部先行公開させてもらう。
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(承前)それはさておき、今度の場合、疫病としての新型コロナウイルス感染症それ自体はおそらく特別のものではない。ある意味では凡庸なウイルスかもしれない(その意味ではアガンベンは間違っているわけではない)。ただ、その凡庸さが、グローバルな人の交通・移動・接触の稠密さに乗って、まさに「例外的」な広がりを見せたのである。かつてのペストはどんなに流行しても地球上の限定された地域に留まっていた。文字どおり世界的に流行したのはスペイン風邪が初めてだっただろう。それは他でもない「世界戦争」の時期だったからだ。エイズも世界中に広がったが、それは性行為を介しての伝播であるため、回路は限定されていた。だが、今度のウイルスはそれとは較べ物にならないごく普通の接触で感染する。そのためグローバルな人の移動に従って「自由」に拡散するのだ。言いかえれば、現在の世界を組織化しているグローバル経済システムそのものが感染の経路なのである。それがこの疫病を「例外的」なものにしている。
医療技術が進んでいるからといって、新型だから予防のためのワクチンはない。ということは、現代世界を回しているこの交流とコンタクトとを断たないことには感染を防ぐことはできないのだ。致死率がそれほどでもないなら、ちょっと性の悪い風邪や肺炎のように扱うこともできるだろう。しかしその相当数が重篤化し、その一定数が死に至るとなると、それぞれの国も社会も、「統治」の務めとして感染を防ぎ、罹患者を助ける対応をしなければならない。それは政治的介入になる。ただ、介入をしてもしなくても、いずれにしても現代の世界を動かしている経済社会活動は大きく阻害されるのだ。その場合、人びとの健康と命を守るか、経済活動の維持を優先するか、それは選択になる。そこで政府の決定と対応が意味をもつ。「緊急事態」だ。
その際、いずれにしても、感染対策の先に目指されるのは社会・経済の「正常化」である。そして、人びとの生存はとりあえずそこに依拠し
ている。問題はどのような社会・経済の「正常化」かということになる。
それはじつは国家統治の課題と言うより、むしろ社会形成・再生の課題である。すでに今「新しい生活様式」がこの国では政府と「医療専門家」によって提起されている。それはこの国特有の「自粛」を組みこんだ生活様式だが、それが「医療専門家」から呈示されている。その意味では、もはや政治と医療のとの境界はなくなっている。こうして、この国では、「社会」なるものが経済原理によって侵蝕され、統治がマネージメントにとって代わるというグローバル経済システムに、無責任専門家集団を巻き込んで私権化した政府の無能の統治が、民の「自粛」をまきこんで呑み込まれてゆくことになる。
統治機構が官僚や専門家集団の「自発的隷従」によって「私権の蟻塚」と化し、そのため権力が無能化しても、その権力は「アプリオリに無罪」(ワーツラフ・ハベル)なものとして振舞う。どんな不条理なことをしても、二枚の布マスクを全員に配布と言ってそれさえまともに実現できないのに、「自粛警察」とかが出てくるところが「日本スゴイ!」と言われるゆえんだが、このような現象を説明するにはまともな政治理論では歯が立たない。と思っていたが、どういうわけかアガンベンの指摘とは奇妙に符合する。
「自粛要請」が出される。するとその要請を補強しようとする力が湧いてくる。権力は民衆(市民?)の「自発性」を要求するが、その「自発性」を強制しようとする力が「中間権力」として登場する。そしてその力が「要請」を実効化する。「要請」は民衆(市民)に聞き届けられることがなくても、この「中間権力」をいつも励起する。「中間」はそれに応じて出現し、公的な「要請」の力を代行する。するとプロンプターを読んだだけの空虚な言葉の「要請」は、中間権力に強要された「自発性」を引き出したことになり、外部から見たら、やっぱり「カミカゼ自粛社会」、日本は都市封鎖もやらずにコロナを克服したということになる。無能な統治が最良の結果を生み出す、不思議なニッポン、無為無能の力、禅文化だ…、ということになるのかどうか。
日本で「緊急事態」をめぐる論議がどうもちぐはぐになるのは(元来この論議は西洋法国家論を場としたものだ)、こういうことに関係があるだろう。緊急事態の発令が、「例外状態」を布告する(宣言そのものがノーマルを中断して主権者・制約なき権力を露出させる)というより、すでに法を骨抜きにした権力が、これも何の合法性もない(法秩序の内にない)「中間権力」を呼び起こす作用をする。それが日本の「緊急事態」である。
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(承前)それはさておき、今度の場合、疫病としての新型コロナウイルス感染症それ自体はおそらく特別のものではない。ある意味では凡庸なウイルスかもしれない(その意味ではアガンベンは間違っているわけではない)。ただ、その凡庸さが、グローバルな人の交通・移動・接触の稠密さに乗って、まさに「例外的」な広がりを見せたのである。かつてのペストはどんなに流行しても地球上の限定された地域に留まっていた。文字どおり世界的に流行したのはスペイン風邪が初めてだっただろう。それは他でもない「世界戦争」の時期だったからだ。エイズも世界中に広がったが、それは性行為を介しての伝播であるため、回路は限定されていた。だが、今度のウイルスはそれとは較べ物にならないごく普通の接触で感染する。そのためグローバルな人の移動に従って「自由」に拡散するのだ。言いかえれば、現在の世界を組織化しているグローバル経済システムそのものが感染の経路なのである。それがこの疫病を「例外的」なものにしている。
医療技術が進んでいるからといって、新型だから予防のためのワクチンはない。ということは、現代世界を回しているこの交流とコンタクトとを断たないことには感染を防ぐことはできないのだ。致死率がそれほどでもないなら、ちょっと性の悪い風邪や肺炎のように扱うこともできるだろう。しかしその相当数が重篤化し、その一定数が死に至るとなると、それぞれの国も社会も、「統治」の務めとして感染を防ぎ、罹患者を助ける対応をしなければならない。それは政治的介入になる。ただ、介入をしてもしなくても、いずれにしても現代の世界を動かしている経済社会活動は大きく阻害されるのだ。その場合、人びとの健康と命を守るか、経済活動の維持を優先するか、それは選択になる。そこで政府の決定と対応が意味をもつ。「緊急事態」だ。
その際、いずれにしても、感染対策の先に目指されるのは社会・経済の「正常化」である。そして、人びとの生存はとりあえずそこに依拠し
ている。問題はどのような社会・経済の「正常化」かということになる。
それはじつは国家統治の課題と言うより、むしろ社会形成・再生の課題である。すでに今「新しい生活様式」がこの国では政府と「医療専門家」によって提起されている。それはこの国特有の「自粛」を組みこんだ生活様式だが、それが「医療専門家」から呈示されている。その意味では、もはや政治と医療のとの境界はなくなっている。こうして、この国では、「社会」なるものが経済原理によって侵蝕され、統治がマネージメントにとって代わるというグローバル経済システムに、無責任専門家集団を巻き込んで私権化した政府の無能の統治が、民の「自粛」をまきこんで呑み込まれてゆくことになる。
統治機構が官僚や専門家集団の「自発的隷従」によって「私権の蟻塚」と化し、そのため権力が無能化しても、その権力は「アプリオリに無罪」(ワーツラフ・ハベル)なものとして振舞う。どんな不条理なことをしても、二枚の布マスクを全員に配布と言ってそれさえまともに実現できないのに、「自粛警察」とかが出てくるところが「日本スゴイ!」と言われるゆえんだが、このような現象を説明するにはまともな政治理論では歯が立たない。と思っていたが、どういうわけかアガンベンの指摘とは奇妙に符合する。
「自粛要請」が出される。するとその要請を補強しようとする力が湧いてくる。権力は民衆(市民?)の「自発性」を要求するが、その「自発性」を強制しようとする力が「中間権力」として登場する。そしてその力が「要請」を実効化する。「要請」は民衆(市民)に聞き届けられることがなくても、この「中間権力」をいつも励起する。「中間」はそれに応じて出現し、公的な「要請」の力を代行する。するとプロンプターを読んだだけの空虚な言葉の「要請」は、中間権力に強要された「自発性」を引き出したことになり、外部から見たら、やっぱり「カミカゼ自粛社会」、日本は都市封鎖もやらずにコロナを克服したということになる。無能な統治が最良の結果を生み出す、不思議なニッポン、無為無能の力、禅文化だ…、ということになるのかどうか。
日本で「緊急事態」をめぐる論議がどうもちぐはぐになるのは(元来この論議は西洋法国家論を場としたものだ)、こういうことに関係があるだろう。緊急事態の発令が、「例外状態」を布告する(宣言そのものがノーマルを中断して主権者・制約なき権力を露出させる)というより、すでに法を骨抜きにした権力が、これも何の合法性もない(法秩序の内にない)「中間権力」を呼び起こす作用をする。それが日本の「緊急事態」である。
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