ベネズエラ情勢に関する朝日新聞の社説について2019/06/18

 朝日新聞が15日、ベネズエラ情勢に関してとんでもない社説を発表したようだ(わたしは訳あって朝日を読んでいないので、人から聞いて今日知った)。

 「人道危機を覆い隠すな」と題して、「国民の苦境を顧みないマドゥロ政権の責任は重大だ。即座に国連などに協力して実態調査をし、緊急支援を行き渡らせるべきである。」と主張し、「国家が国民を守る責任を果たさない場合は、国際社会がその義務を負う」とした「保護する責任」という「画期的原則」にまで言及している。

 この社説はその週に掲載されたアメリカFOXTVばりのルポ記事を前提にしているようだ。これはすでに15年来、なんとかベネズエラを潰そうとするアメリカの工作キャンペーンとまったく路線を同じくしている。そして「人道危機」を救うという名目で「国際社会」(つまりはアメリカ)の軍事介入容認を事実上誘導するような主張になっている。

 ベネズエラは「国民の苦境」を隠してなどいないし、たしかに国連の担当官も「人道危機」であることを否定していない。だがその報告は、マドゥロ政権が引き起こしたというより、アメリカの「経済制裁」が原因だと言っているのだ。主要輸出品の石油の精製もできなくなっている。そのアメリカが「人道危機」を理由に軍事介入をちらつかせているのだから、マドゥロ政権は戦車といっしょに入ってくる「支援」を拒否するのだ。アメリカは不安定化のためにろくでもない人物に「暫定大統領」を名乗らせ、軍の分裂を画策したが、そのあまりのひどさに誰もついてこない。だからクーデターもうまくゆかない。蜂起が弾圧で抑えられたのではなく、ベネズエラの軍や民兵は、ベネズエラの国と体制を守る意識が高いのだ。
(いま詳しく論じる暇はないが、とりあえず2月に共同で発表した声明サイトと、在日ベネズエラ大使館で見られ情報を参照してほしい。ふだんは「両論併記」にこだわる日本のメディアがこの件に関してはベネズエラ側からの情報をほとんど無視しているからだ。)
・声明サイト:http://for-venezuela-2019-jp.strikingly.com/
・駐日ベネズエラ大使館:https://venezuela.or.jp/news/ ) 

 いま、イランをめぐる「危機」が高まっている。しかしこれも、トランプ政権がイランとの核合意を一方的に破棄し(EUは保持している)、経済制裁を強めるだけでなく、イスラエルに一方的に肩入れして(エルサレムの首都承認、ゴラン高原の併合承認)イランを追い込んでいる。その上、愚かしい日本の首相を使いに行かせ、そのときに日本関連のタンカーを攻撃させて(誰に?)、起こす必要のない「危機」を作り出している。アメリカは1979年のイラン・イスラーム革命以来、あの手この手でイランを潰そうとしてきた。ここでたとえばゴラン高原(イスラエルはトランプ高原と改名)で盧溝橋でのような事件が起これば、イスラエルが一気にイランに攻撃をしかけることになるだろう。

 だからこの状況を「イラン危機」というのはおかしいだろう。アメリカによる「戦争の危機」だ。ベネズエラの状況もコンテクストを見れば同じような形である。(ベネズエラがうまくゆかないので、アメリカのネオコンがイランにシフトしたのかもしれない)。それは、とりわけ最近二十年の世界の状況を見ていれば明かなことである(コソボ紛争、一連の「テロとの戦争」、イラク戦争…)。「人道危機」はいつも軍事介入の口実にされるが、その原因を作っているのは、元はと言えば介入したがる国々の全般的な経済政策、とくに経済制裁である。

 朝日新聞のとりわけ国際報道は、この二十年の世界状況から何も学ぼうとはせず、アメリカの視点に立つことが先進国日本のメディアのあり方だと思って疑わないようである。そうこうするうちに、日本はもはや先進国とは言えないようになっている(さまざまな数値から見ても、アホなことまで閣議決定すると事実になるするカルト政権をもって平気だという内実からしても)。朝日新聞も、とりわけ国際報道は、そういう認識をしっかりもった方がよいだろう。それでないと産経にも対抗できなくなる。

雑感:何とも面妖な日本の2019年5月2019/05/06

 五月晴れとはいかないが、連休も後半のどかな日だ。
 昨日まではせわしなかった。「平成カウントダウン」だの、「令和最初の何とか」だの…、そして昨日はいつもより切迫した「憲法記念日」、少し陰になって「天皇代替わり」というのがあった。背後にあらゆる類の現代の魑魅魍魎がうごめく、濃~い数日間。
 民は踊ったようにみえる。踊らせた、というよりこの社会を踊り場に仕立てているのは、PR会社とマス・メディアだ。多くの人びとは何も考えなくていいように仕向けられている。(上から目線?しかし上から見ても下から見ても事実だ。)

 どこかに、スマホをチンパンジーが操る動画が流れていた。クリックしたりスクロールしたり、やっていることを理解しているかどうかは知らないが、人間と同じように惹きつけられて操作している。そういえば、スマホは「サルでも使える」ようにできているのだ。データの蓄積・検索・通信は機械が勝手にやってくれる。それで捜したり、想像したり、考えたりすることが代行される。もちろんゲームはこれが最高だ。でも、操作するのはサルでもいい。というより、便利だとか、楽しいとか言ってそれを使い、頼って没頭する「人間」は、実はいなくていい。だいたい、何をするにもヘマするし、、遅いし、腹すかしたり、文句言ったり、疲れて居眠りしたりする「人間」は仕事の役に立たないのだ。「人間」はスマホを買って消費するためにいればいい。そうすると億万長者が現れる(ビル・ゲイツに始まる優秀な人間の手本だ)。それと、ITコミュニケーションに身を預けた人間は、「政治」の操作の対象にはなっている。社会の方向づけを決定するのは「政治」であり、そのためには票を集めなければならない。あるいは選挙という制度を使って多数派を形成する操作が必要なのだが、その部分では、人間をかき集めたり、その気にさせたり、あるいはいちばん都合がよいのは、「政治」に関心をもたないようにすればいい。

 そのために日本では、教育に力が入れられ(圧力がかけられ)、学校では自分で言葉で考える能力がつく前から、ITワールド(とそれに親和的な英語)に馴染むようにしつけられ、ものを考えだすと、おかしな奴だと白い眼で見られ、イジメの対象にされ、そんなのはおかしいと反発すると協調性がないと遠ざけられ、それを擁護しようとする教員がいると、学校に「政治」は持ち込むなと排除され、そんな圧力に同調しながら競い合い、「スポーツ」に打ち込み、あるいは賢く立ち回った者だけが、「優良」な生徒として順調に進学し、社会に「人材」として供給されてゆく。そういう体制をしつこく作ってきたのは、弱小官庁コンプレクスのなかで「教育勅語」を後生大事に抱えてながら、あの手この手で利権を蓄えてきた文科省だ。

 しかしとうとう、勅語教育が「社会的要請」に親和するIT時代が到来した。OSが新しくなると皆が喜んでパソコンを買い換えるように(OSは人が使うにはいいところまで進んでしまったから、更新はもう迷惑でしかなくなっているが)、元号が変わるというと、誰が何のために変えるのかを問うこともなく、変わること自体が祝い事であるかのように(MSだけでなく、マックOSもカウントダウン!)、メディアの作るディスプレー上の世界が「改まって」古いOSのバグはみんな忘れる。で、OS、誰の都合で誰が変えてるんだ?そんなことはどうでもいい。新しくなるんだ、いいに決まっている、と。「教育」とPRの成果は絶大だ。

 こんどの「改元」は平成の天皇が生前退位を求め、それが認められて生きたままのリレーになったが、「一世一元」の性格はそれだけ露わになった。「喪」があるとよく見えないが、ひとりの天皇(王)が在位している間がひとつの「世」なのだ。ただし、元号があるのは昔(大化以来)中国に倣ったからだが、「一世一元」は明治から始まった新制度である(それも明以来の中国に倣った)。

 敗戦による明治国家体制崩壊で一旦この制度は宙に浮くが、現・日本会議に連なる「復古」勢力の要請で一九七八年に「元号法」が制定され、それで再び合法化され、今でも使うことになっている。この「慣習」はじつは自然に生じたのではなく、平成改元時に自民党政権が社会に半ば強制したからだが、その効果があって――それに自民党政権の不評に対して、天皇の姿勢が一般に親しみをもたせた分――、逆に「平成」は定着し、「改元」は自然なように、ほとんど何の抵抗もなく受け容れられた。そうかどうかはわからないが、マス・メディアは率先して日本を「改元」一色に染めた。

 するとこの国には、社会がボロボロになろうが、政治がウソで振り回されようが、万邦無比のすばらしい制度がある、ということになる。資本主義最後の産業「観光」の時代にふさわしく、元手のいらない「地域特産物」、ここには独特の時間が流れているんですよ、何も変わらなくても「世が変わる」、そんなありがたい「万世一系、神の国」なんです、一度はおいで、という話が通用する。だから、そうやって世界をおもてなし、オリンピックにもすぐ乗る。

 そんな風だから、日本はこんな「美風」をもつ世界に冠たる君主国、民主主義ってバカじゃねぇ、わたしたちはただの国民などではなく「臣民」なんです、と自慢する若者たちも現れる。それを言うのはもはやタブーどころか、何十万回とリツイートされる。実際この間、テレビをつければみんなそんな雰囲気だし、街を歩けば目に入る広告はみんな「レイワ、レイワ」、とりわけ観光客でにぎわう界隈や美術館などはニッポン・スゴイの「お国美術」のオンパレード。そこに「レイワ2年」の東京オリンピックだ。それ以外のことは見てもいけない、見せてはいけない、冷や水さすのは「ヒコクミン」といった勢いだ。

 そして五月一日、東京の目立つ場所には「#2019自民党」の著名アニメ・イラストレーターによる大広告が現れた。この期に乗じて「ワイルドに進める」改憲論議(萩生田)が打ち出された。もちろん三日の記念日には、自民大広告に似ても似つかぬ姿に描かれた(このメディアPRフェイク、ウソでも何でも大丈夫!)安倍晋三自身が、某会議に「改憲論議」を進めるビデオ・メッセージを送ったという。もちろん憲法を「改良」しようというのではなく、嫌いな憲法を好きなものに置き換えようということだ。「改元」を仕切った勢いにのって、彼はほんとうに「世」を変えようとしているようだ。

 PRメディア・コミュニケーションが、いま中身を抜き取られた「人間」の空洞を埋めて、ヴァーチャルな「宗教」にとっての「信仰」の代用を果たしている。何とも面妖な日本の2019年5月ではある。(ふと、永井荷風が短編「花火」で描いた「日比谷焼き討ち」の遠景を想う。)

★お知らせ:朝日カルチャーセンター新宿での講座2019/04/01

 立教大学を辞めましたので、しばらく「朝日カルチャーセンター(新宿)」を借りて「授業」を続けます。実はだいぶ以前からやっていたのですが、当分の間ここがメインの授業になります。自分で場を設定するにはあまりに怠惰な性分ですので。授業料がかかりますが、関心のおありの方はよかったら覗いてみてください。
 ここは1年4期制で、4月期は6月までですが、だいたい2期連続でやってゆこうと思っています。今期は以下の2つです。
 
■ルジャンドルとドグマ人類学

 経済レヴェルで世界の一元化が進み、それと同時にIT‐AI技術によって人間社会が底抜けに「革新」されて、さまざまな局面から「人間とは何か?」が改めて問われる時代、世界を読み解くための新たな知が求められていますが、そのための強力なツールとなりうるのがピエール・ルジャンドルのドグマ人類学です。難解とされこの法的思想と新たな人類学の核心を、日常的思考につなげながら平易明快に解説します。

1)ルジャンドルとドグマ人類学
2)科学技術的知と人文知、あるいは哲学
3)「話す生き物」――知の展開と社会

*4月から各月第二木曜日(4/11、5/9、6/13)

[テキスト]ルジャンドル『ドグマ人類学総説』(平凡社、2003年)
[参考書]ルジャンドル『ルジャンドルとの対話』(みすず書房、2010年)、『真理の帝国』(平凡社、2006年)、西谷修『アメリカ、異形の制度空間』(講談社メチエ、2016年)、その他。

■世界史的批評――われわれはどんな世界を生きているのか

 21世紀が20年になろうとし、日本では「平成」が終わる時、いまほど先の見えない時代はないでしょう。「未来」がなくなったと言ってよいかもしれません。そのとき、わたしたちをこの「現在」へと導いてきた過去を振り返らざるをえません。この先のない時代に「未来」を開くために、来し方を問い、何が真の「未来」なのかを、世界からそして日本で考えます。

1)現代世界のできるまで、西洋の世界化
2)近代日本の150年
3)人類はどこへ行くのか

*4月から原則各月第4木曜日(4/25、5/16、6/20)

[参考書]西谷修『世界史の臨界』(岩波書店、2000年)、『戦争とは何だろうか』(ちくまプリマー新書、2016年)、『破局のプリズム』(ぷねうま舎、2014年)、山本義隆『近代日本百五十年、科学技術総力戦体制の破綻』(岩波新書、2018年)その他。

※朝日カルチャーセンター照会先 https://www.asahiculture.jp/course/list?word=%E8%A5%BF%E8%B0%B7%E4%BF%AE&school_id=01#room

「元号」(紀年法)について(続)2019/03/29

 では、グローバルな世界で時間の指標となっている「西暦」とは何なのか?これは日本では「西暦」と呼ばれているが、元来はキリスト教(ローマ教会)が定めた暦法で、太陽暦によって一年を定め(古くはユリウス暦、現在は改訂してグレゴリウス暦)、その年数をイエスの「降誕」を起点に数えている。キリストが生れたのが元年、それ以前は「キリストの生れる前(BC)」として負の数で数える。ただ、この紀年法が小ディオニシウスによって考案されたとき(6世紀前半)、その時までの積算に誤差があり(だいいちイエスの生年がはっきりしない)、後にイエスの誕生はこの紀元より数年遡るとされたが、この紀年法の主旨は福音の訪れ(救世主の降誕)によって世が変わったということにある。つまり、それ以来「終りの日(神の再臨)」を待ち望む日々(時間)が始まったということだ。だから誤差はそのままに、教会で採用され、やがてキリスト教世界に広まることになる。

 そこから「千年王国説」などが生れ広まる。だからある意味では、これもイエスの「一世一元」と言えなくもない(ただし、この場合、「世」はひとつしか想定されないから個別の名前をつけなくてもよい)。この紀年法はキリスト教世界に広まるが、この世界はやがて地上に世俗権力が乱立し領土統治するところとなり、近世には国民諸国家の政治秩序によって教会の権威は「中性化」(カール・シュミットの表現、「骨抜き」ということ)されることになる(宗教戦争以降)。だからこのキリスト紀年法はその宗教性・国民性をともに脱色されてこの地域の「共通暦」となり、それが西洋の世界化とともに現代世界全体に適用・採用されるようになった。 考えようによってはキリスト教的観念枠の世界化だが、いま言ったように「神が与えた」という性格は実質的には消えている。

 というわけで、西暦も絶対的なものではありえないが、世界の歴史の進展が作り出してグローバル世界で共通のものとなった時の数え方だとは言えよう。もし、全世界の人間たち(人類)が、イエスの「降誕」(ただの誕生ではない)から年を数えるなどという、恣意性と抹香臭さの残る紀年法を廃して、世界的的な出来事を区切りに新しい暦を創設するとしたら、もっとも妥当な案は、近代世界を導いてきた西洋文明が「世界戦争」の内に崩れ落ち、その廃墟から新たな世界が出直したとして、西洋キリスト暦1945年をもって改元、1946年を新紀元1年とするというのが考えられる。その戦争の絶頂に瞬時燃え上がった「人工の太陽」を前に、それを実現した科学者の脳裏に浮かんだのは『バガバットギータ』の語る破滅の幻影だったのであり、その跡地は「グラウンド・ゼロ」と呼ばれた。まさに「世は改まった」、改めるべき、ということだ。それを紀元とする暦こそ以後の世界の「共通暦」とするにふさわしいだろうが、分かりやすい名をつけるとすれば、「国連暦」とか「再生暦(ルネサンス)」、あるいは「共生暦」としてもいいだろう。

 しかし、そんなことがまともに議論されたという話は聞かない。それは文明の破綻がそうとは受け止められず、戦争の勝者が破綻から世界を救ったと自分たちの歩みを正当化し、「戦争」そのものが破綻だったということが掠められたからである(だから戦後は「パックス・アメリカーナ」となり、「アトミック・エイジ」となった)。そして、日本で「昭和の御代」が永らえたように、世界ではキリスト紀元が「世の終り」を掠めて続いて行くことになった。その継続によって隠蔽されたのは、「最終戦争」があり、日本が、そして世界が「無限地獄を見た」という事実なのである。

*「元号」については、旧著だが『世界史の臨界』(岩波書店、2000年)のとりわけ「プロローグ」と、第4章「〈世界史〉の発明」を参照されたい。

桜吹雪とともに降る「怪しい」元号について2019/03/29

 「一世一元制」と言われる制度がある。一世とは、ひとりの王の君臨する世(時代)ということだ。それを区切ってひとつの名で呼ぶ、それを制度としたのが一世一元制だ。だが、これは単なる法制度ではない。

 法律としては一九七九年に成立した「元号法」がある。しかしこれには「元号は政令で定める」ことと「皇位継承があった場合にのみ定める」としか書いてない。この法律は元号があることをあらかじめ前提としている。それは「しきたり」(=繰り返ししてきたこと)とされるものを実定法に書き込んだ。それだけがこの元号法の役割である。すると元号に法的根拠があることになる。それをもとに、議会も通さない「蚊帳の中」で政府(政権)によって元号が定められ、天から降ってきたかのように政府から発表され、あとは官公庁から率先して使用し(公式書類等にはこの元号を記すことが求められる)、お上に従う形で社会的に使用されることになる。しかしこの法律には、元号が何であり、誰がどういう手続きで決め、決まったものに強制力があるのかどうか等に関しては一切の規定がない。にもかかわらず、われわれは「平成」の三十年間、この元号使用をなかば強制されてきた。使うことに「なっている」という事態が作られたのだ。

 だからわれわれはいつも手帳の後ろの換算表をたどりながら、二つの時を数え直さなければならない。いわゆる国際化した現代の社会生活では西暦が欠かせないのに、この国の「しきたり」では元号を使うことになっている。つまり、この国にはよそとは違う「別の時間」、それも天皇の一代で区切られる特別の時間があるのだとされる。それがこの「元号法」の法文外的な効果である。

 この法律は民主制の抜け穴を穿つものであり、元号がこの国・この社会に生きる者たちにとって、「しきたり」として天から降ってくるように作られ使われるということを、法体系のうちに書き込んだ。「元号を定めて公用する」とする法律ではなく、元号はすでに存在するものとして、天皇の代替わりで切り替えることだけを定めている。

 だから元号法は、明治改元のときの太政官令と同様の性質をもつ。日本で一世一元制が採られたのはこの時が初めで、誰がどう決めたのかはまったく問われていない。しかし、国家的な布告として作用し、それが「近代日本」の決まりごとになった。それ以前もこの国では、時を数えるのに中国伝来の元号を用いていたが(「大化」以来)、それは天変地異やいわゆる「世」の趨勢に応じて改元されてきた。世≒時を改めるというわけである。ただしその節目は、人ではなく「世」に応じてきた。それを、天皇の一代に重ねるというのは、「世」を天皇に結びつけることだ。幕末移行期の権力者たちは、天皇を西洋型の主権者にするために、「世」を天皇の生身の存在に結びつけるという、実に中世的な工夫をしたわけである。ちなみに、本家の中国では、明代から一世一元になっていたが、元号そのものが辛亥革命で廃止され、以後は西暦を用いている(その意味では中国の方が「国際規準」に沿っている)。

 ただし、それを決めたのはもちろん天皇(明治天皇)ではない。天皇を掲げて「王政復古」の新政府を作ろうとしたいわゆる廷臣たちである。その廷臣たちの権力行使を覆う「すだれ」(ブラックホックス)が帝(みかど)だということだ。天皇はそのように使われ作られる。それは最初に元号を定めた「大化の改新」以来変わらない。中大兄皇子は中臣(藤原)鎌足と組んで、自らは長く天皇にならずに代わりの天皇を立て、天皇主軸の律令制改革をやった。晩年には即位したが、その後を壬申の乱を経て天武が継ぎ、鎌足の子不比等が「古事記」「日本書紀」を国史として作らせ、天皇統治の正統性の基礎を編み上げると、以後藤原氏が実権を振るうという体制ができた。要するに、統治権力が掲げる御旗あるいは隠れ蓑が天皇なのである。いわゆる天皇制の実質はこの構造であり、そこでは天皇が主体であった時期はほとんどない(だから権力者の意に沿わない天皇は斥けられる)。

 しかし、日本が近代国家になろうとするとき、この構造が活用され、それを天から降ってきた「しきたり」として社会を超法律的かつ超政治的に拘束する枠組みとして、代ごとの天皇の現存に「世」を重ねるという「一世一元」が制度化されたのである。この仕組みは「開国」によって「世界の荒波」のなかに漕ぎ出ることになった日本に、内にしか通用しない時間(歴史)意識の枠を確保することになり(世界時間の中の繭のように――繭は日本の特産物だった)、天皇の身体に重ねられた時間は、日本のナショナリズム形成の強力なベースとなった。それがやがて「神国日本」や「臣民の道」、あるいは「国体思想」といった「超国家主義」的なイデオロギーを育ててゆくことになるが、その破綻を画したのがアジア太平洋戦争での「敗戦」だった。

 「敗戦」で天皇制国家は事実上破綻したのだが、権力のブラックボックスと戦勝国アメリカとの「協働」によって、天皇は退位せず「人間」にコンバートして(そのことに三島由紀夫はのちに激越な呪詛をぶつけた)、「昭和の御代」はそのまま継続することになった。しかし元号は法的根拠を失った(詳細は他所にゆずる)。そのことを危惧し、昭和も50年を数えるに至ったころ、元号法制定に動きその運動を担ったのは、現・日本会議に連なる人脈である。

 しかしこの法制定は功を奏し、多少の議論はあったものの「平成」改元は「滞りなく」果たされたばかりか、元号は法律に定められているということで使用が「推奨」され、事実上強制され、また「お上への忖度」によって常用され、いまでは「日本固有の慣習・美風」だからいいんじゃないの、とばかり、フェイク安倍政権の下にあってさえ「改元」は、「安」の字だけは避けてほしいとか言われながらも、「桜の季節が廻りくる」かのように誰もが蓆をしいて酒盛りの用意をしながら待っている。

  来年の盛大な酒盛り(できるかどうかわからないが)東京オリンピックでも、2020年と言わないと通用しない。次は何かと、昔の家の新築時にたてまえ祝に梁から投げられる餅を拾おうとするかのように、あんぐり口を空けて次の元号は何か、などとエイプリルフールのお告げを待つのではなく、ほんとうなら今、元号廃止こそが検討されるべきだろう。ところがメディアにも、とんとそんな気配はない。桜の花の下で予測に興じるだけで、報道の自由なんて何のこと、といった風情だ。元号はいまや日本の社会に内向き意識を作ることにしか役立っていない。もっと言えば、ともかく日本を愚かな国にして、自分たちが好き勝手に統治したいと思う者たちだけが元号を更新し、「シキタリ」で縛る社会に逆戻りさせようとしている。明治に作られ、戦争で一度破綻して、裏口から戻ってきたような制度である。本家の中国でも、元号を止めてそのためにダメになったという話は聞かない。評判の良し悪しはあるが、21世紀世界の一大企画になっている(世界に与える影響が決定的に大きい)「一帯一路」、国境や国々をぶち抜きで経済社会圏を拡張しようとするこの政策・理念も、元号の確保する内向き構造を棄てたから可能になったわけである。(続く)

[追記]
 新元号が「決まった」4月1日、外務省は原則として和暦ではなく西暦を使う方向で検討している、と幹部が明言したという(朝日新聞デジタル)。そう、とくに外務省では不都合は明らかだからだ(つまり元号はひたすら内向きのため)。この「言明」は撤回されるだろうか?
 元号があってもいい。この国では昔は時間をこうやって刻んだんだよ、古い慣習いいじゃない、と好きな人が趣味で使えばいい。和服を着るのと同じだ。観光資源にもなるかもしれない。元号が問題になるのは、それが法的根拠もないまま、事実上使用を強制されるからだ。そしてその「慣習」に従わないと排除される(役所に出す書類が受け付けられない)。そのうえ最近では、そんな押しつけを批判すると「反日」だと言われる。「あんな人たち」と指さされるのだ。つまり「麗しき伝統」の元号は社会的排除の「踏み絵」にされている。元号の問題はひとえにそこにある。

★立教大学(大学院)退職のご挨拶2019/03/18

退職のご挨拶
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★ご挨拶
 この国では「平成」と区切られた時代の末、この春、わたしも立教大学での特任の年季が明けて、大学勤めを終えることになりました。他に能もなく食うための職業ではありましたが、若い頃は学生たちと鍛え合い、やがて年齢差も広がって「教え・教えられる」場となった大学の教室とその周辺は、それでもわたしの人生の主舞台であり、そこを去るのに一抹の感慨がないわけではありません。しかし幸い、そんな区切りをやり過ごして往生際を掠めるかのように、今年も神戸市外大や立命館先端研などで集中講義をする機会をもちます。よく、死後の生とか天国の控えの間とか言われますが、わたしとしてはむしろこれは「不死のワンダーランド」なのだと内心密かに考えています。最後の学生のひとりが論文で示唆していた「倚りかからず」と「ともに生きる」の重なりを旨とし、「死」がもはや機能停止でしかなく、未来もヴァーチャルな計算に置き換えられるだけのこの無彩色の世界(人の世)に、何ごとでもないかのように紛れてゆこうと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。  二〇一九年三月吉日

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 このネット・コミュニケーションの時代に、それでも公私の区別をつけて、このブログには私的なことは載せないようにしてきました。もちろん、ネット環境については、人にはそれぞれの使い方関わり方があります。それを承認したうえで、わたしはネット環境を公開の場と考えてきたということです。
 それでも公私の境にあるのが職業上のことで、これは公的活動とも関係があるので(ほとんどの方々には関係ないこととはいえ)、この場を借りて報告させていただきます。
 
 私儀、というわけですが、この3月末をもって、5年間特任教授として教えた立教大学を去り、1986年に明治学院大学に着任して以来、東京外国語大学大学院を経て30余年続けた大学勤めを終えます。思えばそれは、ちょうど「平成」の時代にも重なる時期、世界でいえば冷戦期の終りから今日まで、新自由主義とIT技術が世界の再編を深く進めた時代ということで、それ自体振り返って検討すべき意味がないわけではありません。

 しかしそれはまた、大学というものが大きく変質し、西洋中世に発したこの教育機関がその存在意義をほとんど失い、あるメディア学者に言わせれば「大学は死んだ」(吉見俊哉)とさえ断定される時節でもあります。わたしにとって大学とは、身も蓋もなく言えば、他に能もない人間にとって知識で身過ぎ世過ぎのできる「食らうべき」職業の場でした。われわれが学生の頃にはすでに「大学の解体」がとりざたされていたのですから。しかし、この職業に就いていたおかげで、つねに若い人たちと接しながら、儲けや稼ぎや権力争いに囚われることなく、その意味で「自由」にものを考えるということを続けることができました。ものを考えるというのは、詰まるところ人間やその世界について考えるということです(最近は「世界は存在しない」ことをデフォルトにするふりをする思考などというものが、哲学として世界的に客を獲得しているようですが)。その考えを「商品化」することにはまったく成功しませんでしたが(そんなことには意を用いなかったので)、そのような境遇で末期産業社会の「職業生活」(雇用年限)を過ごせたことを、得難い僥倖だったと感じております。

 これからは、産業的近代の遺物ともいうべきサービス産業の一角になり果てた大学という特権的かつ幻影的な「雇用形態」に守られることのない、一介の高齢生活者として命脈が尽きるまで生きてゆくことになります。生きているうちは「死」が見えず(文字どおり「死は存在しない」)、死んだときにはもうそれに慌てる自分はいません(わたしが死んだことを確認できるのは他人だけです)。そういう「不死のワンダーランド」にわたしも裸で歩み入っているのだと、いまさらながら考えています(30年間、思考が停止しているということかもしれませんが)。

 「ワンダー」を「不気味(ウンハイムリッヒ)」と訳すべきだとしたのはハイデガーですが、同じ語をフランス語では「メルヴェーユ(摩訶不思議)」と訳したりもします。どちらでもいいでしょう、人間の言葉とはそうしたものです。しかうそういう「ワンダー」な境地を、少しでも見透しのよいものにしてゆくべく今後も努力してゆきたいと考えています。

*付言しておけば、挨拶状のなかの「最後の学生のひとり」とは、この春、立教大学大学院文学研究科・比較文明学専攻で博士学位を取得した金英智さんで、学位申請論文は『茨木のり子における韓国』です。金さんはこの論文で、茨木のり子における「韓国」が、この国民的詩人の後半生のエピソードに留まるものではなく、その詩想全体を貫くモチーフの具現であったことを、全詩業(訳詩も含めて)の再検討を通して示しました。そこでは、茨木のり子の主張した「自由」が、最後の詩集のタイトル「倚りかからず」の自立の姿勢であるのはもちろん、それが「ともに生きる」の深い感覚に支えられたものであることをも示しました。つまり「自由」と「共同性」との合い補う別の様相を洗い出したのです。
 わたしが指導した最後の学位取得者ということになりますが、東京外大でのN君(現・早稲田大学准教授)に始まり、数は多くはありませんが何人かの有為の若者たちの成長を手助けできたのは、「そこにいるだけ」とはいえ教師冥利に尽きるといってよいでしょう。

ベネズエラのための緊急声明20192019/02/22

★ベネズエラ情勢に関する有識者の緊急声明
~国際社会に主権と国際規範の尊重を求める~
2019年2月21日  東京

ベネズエラ情勢が緊迫している。現マドゥーロ政権に反発するグアイドー国会議長が1月23日街頭デモ中に「暫定大統領」に名乗りを上げ、米国とEU諸国がただちにこれを承認するという異常事態が発生した。米国政府は軍事介入も仄めかしてマドゥーロ大統領に退陣を迫っている。世界の主要メディアはこうした事態を、「独裁」に対抗する「野党勢力」、それによる二重権力状況といった構図で伝えている。

見かけはそうなっている。だが、すでに干渉によって進められた国内分裂を口実に、一国の政権の転覆が目論まれているということではないのか。米国が主張する「人道支援」は前世紀末のコソボ紛争以来、軍事介入の露払いとなってきた。イラクやその後のシリアへの軍事介入も、結局は中東の広範な地域を無秩序の混迷に陥れ、地域の人びとの生活基盤を根こそぎ奪うことになり、今日の「難民問題」の主要な原因ともなってきた。

「民主化」や「人道支援」やの名の下での主権侵害が、ベネズエラの社会的亀裂を助長し増幅している。それは明らかに国際法違反であり国連憲章にも背馳している。ベネズエラへの「支援」は同国の自立を支える方向でなされるべきである。

この状況には既視感がある。1973年9月のチリのクーデターである。「裏庭」たる南米に社会主義の浸透を許さないとする米国は、チリの軍部を使嗾してアジェンデ政権を転覆し、その後20年にわたってチリ社会をピノチェト将軍の暗黒支配のもとに置くことになった。米国はその強権下に市場開放論者たちを送り込み、チリ社会を改造して新自由主義経済圏に組み込んだのである。

ベネズエラでは1999年に積年の「親米」体制からの自立を目指すチャベス政権が成立した。チャベス大統領は、欧米の石油メジャーの統制下にあった石油資源を国民に役立てるべきものとして、その収益で貧民層の生活改善に着手、無料医療制度を作り、土地を収用して農地改革を進めるなど、民衆基盤の社会改革を推進した。その政策に富裕層や既得権層は反発し、米国は彼らの「自由」が奪われているとして、チャベスを「独裁」だと批判し、2002年には財界人を押し立てた軍のクーデターを演出した。だがこれは、「チャベスを返せ」と呼号して首都の街頭を埋めた大群衆の前に、わずか2日で失敗に終わった。それでもこのとき、欧米メディアは「反政府デモの弾圧」(後で捏造と分かった)を批判したのが思い起こされる。

ここ数年の石油価格の下落と、米国や英国が主導する経済封鎖措置や既得権層の妨害活動のため、ベネズエラでは経済社会的困難が深刻化している。マドゥーロ政権はその対策に苦慮し、政府批判や反政府暴力の激化を抑えるため、ときに「強権的」手法に訴えざるを得なくなっている。米国は制裁を重ねてこの状況に追い打ちをかけ、過激な野党勢力に肩入れし「支援」を口実に介入しようとしている。だが、国際社会を巻き込むこの「支援介入」の下に透けて見えるのは、南米に「反米」政権の存在を許さないという、モンロー主義以来の合州国の一貫した勢力圏意志である。

対立はベネズエラ国内にあるが、それを根底で規定する対立はベネズエラと米国の間にある。チャベス路線(ボリバル主義)と米国の経済支配との対立である。数々の干渉と軍事介入が焦点化されるのはそのためだ。それを「独裁に抗する市民」といった構図にして国際世論を誘導するのはこの間の米国の常套手段であり、とりわけフェイク・ニュースがまかり通る時代を体現するトランプ米大統領の下、南米でこの手法があからさまに使われている。そのスローガンは「アメリカ・ファースト」ではなかったか。国際社会、とりわけそこで情報提供するメディアは、安易な図式に従うことなく、何が起きているのかを歴史的な事情を踏まえて評価すべきだろう。さもなければ、いま再び世界の一角に不幸と荒廃を招き寄せることになるだろう。

わたしたちは、本声明をもって日本の市民と政府、とりわけメディア関係者に以下を呼びかける。

▼ベネズエラの事態を注視し、独立国の主権の尊重と内政不干渉という国際規範に則った対応を求める。
▼国際社会は、ベネズエラが対話によって国内分断を克服するための支援をすることを求める。
 (メキシコ、ウルグアイ、カリブ海諸国、アフリカ連合等の国々の仲介の姿勢を支持する)
▼ベネズエラの困難と分断を生み出している大国による経済封鎖・制裁の解除を求める。
▼メディア機関が大国の「語り」を検証しつつ事実に基づいた報道をすることを求める。


*呼びかけ人(26名)
伊高浩昭(ラテンアメリカ研究)
市田良彦(社会思想・神戸大学)
印鑰智哉(食・農アドバイザー)
岡部廣治(ラテンアメリカ現代史・元津田塾大学教授)
小倉英敬(ラテンアメリカ現代史・神奈川大学)
勝俣誠*(国際政治経済学・明治学院大学名誉教授)
清宮美稚子(『世界』前編集長)
黒沢惟昭(教育学・元東京学芸大学)
後藤政子(ラテンアメリカ現代史・神奈川大学名誉教授)
桜井均*(元NHKプロデューサー)
新藤通弘*(ラテンアメリカ研究)
高原孝生(国際政治学・明治学院大学教授)
田中靖宏(AALA:日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会代表理事)
中山智香子(経済思想、東京外国語大学)
中野真紀子(デモクラシー・ナウ・ジャパン)
西谷修*(思想史、立教大学)
乗松聡子(ピース・フィロゾフィーセンター)
松村真澄(ピースボート国際部・ラテンアメリカ担当)
武者小路公秀(元国連大学副総長)
臺 宏士(元毎日新聞・ジャーナリスト)
森広泰平(アジア記者クラブ代表委員)
八木啓代(ラテン歌手、作家、ジャーナリスト)
山田厚史(デモクラシー・タイムズ)
吉岡達也(ピースボート共同代表)
吉原功(社会学・明治学院大学名誉教授)
六本木栄二(在南米ジャーナリスト・メディアコーディネーター)

*署名サイトは for-venezuela-2019-jp.strikingly.com です。

沖縄・辺野古基地建設の断念を求める新たな有識者声明について2018/09/10

9月7日記者会見の模様
*9月7日(金)に有識者グループ「普天間・辺野古問題を考える会」が沖縄・辺野古の新基地建設をめぐる新たな声明を発表し、記者会見を行った。声明文は http://unite-for-henoko.strikingly.com/ に挙がっているが、これに関する事情について説明しておきたい。

※記者会見の模様が簡潔なビデオになりました。声明「辺野古の海への土砂投入計画並びに新基地建設計画を白紙撤回せよ!」への賛同署名フォームへのリンクもそこにあります。
http://www.eizoudocument.com/0521henokoseimei.html

○声明の時期
 
 大浦湾への土砂投入を前に、埋立て承認の撤回手続きに入った翁長県知事が急逝し、その意志を継いで県は撤回に踏み切って新基地建設の工事は止まったが、工事が止まったら行政訴訟を起こすとともに、県に(知事個人にも)損害賠償(一日二千万と試算)を請求することもあるとしていた国(安倍政権)は、後任の県知事選を控えて提訴に関しては模様眺めである。
 
 国に協力的な知事が登場すれば、その知事が県の「撤回」を取消すかもしれないし、「撤回」に対して国が行政訴訟を起こしても、県に賠償請求をすることはないだろう。翁長知事が就任してほどなく行った埋立て承認「取り消し」に対する行政裁判以来、この間の最高裁以下の裁判所の対応から予測されるように、国が勝訴することになれば、新しい知事はそれを受け容れるだろう。そうすれば国はもはや何の障害もなく工事を進められるというわけである。辺野古現地の抗議行動は「不法行為」となるし、土砂搬入等に関わる抵抗も簡単に潰すことができるだろう。
 
 そう考えると、県が埋立て承認撤回に踏み切った今こそ、その「撤回」支持を表明して新基地建設を止めるために声をあげる決定的な時だと言ってよい。これまで3度、辺野古基地建設に抗議の声明を発表してきた海外の知識人グループ(チョムスキーやオリバーストーン、ジョン・ダワー、マコーマック氏等)が、時を同じくして新たな声明を発表したのもそのためだろう。
 
 アメリカを中心とした海外の著名な有識者がこの問題に関心をもつのは、この新基地建設がアメリカの軍事政策や海外基地展開に関わるばかりでなく、沖縄の基地問題が日米両政府の管轄下での看過しえない地域差別や人権の問題であり、東アジアの平和全般の問題だと捉えているからである。

○「普天間・辺野古問題を考える会」について 

 いま「普天間・辺野古問題を考える会」と名乗っている有識者グループが最初に結集したのは2009年12月であり、SACO合意による普天間基地撤去がいつのまにか辺野古に代替基地を作るという話になり、その流れを変えようとした鳩山政権下で、日米両政府に対して普天間基地の辺野古への「移設」に反対する声明を出したのが発端である。このときは11年1月30日までに有識者340人の署名を集めて声明を政府に提出した。

 しかしその後、民主党政権が「辺野古回帰」へと揺れるころ、グループは同年6月に「米海兵隊は撤収を」と訴える第二の声明を出した。そしてアピールの趣旨を示し、その後の議論のベースを提供するために、沖縄の現状診断と将来見通しの基本を書籍としてまとめ、『普天間基地問題から何が見えてきたか』(宮本憲一、西谷修、遠藤誠治・編、岩波書店)を出版した。

 そこでいったんこのグループは区切りをつけるはずだったが、以下に述べるような状況の進展(あるいはむしろ後退)のため、2014年の翁長県知事誕生の前後には、沖縄での状況変化に目を開き現地の声を東京に届けるべく、『沖縄の地鳴りを聴く』と題する連続講演会を開いて本土の世論の喚起を図った。そして2015年4月には、再び「辺野古米軍基地建設に向けた埋立工事の即時中止を要請する!」という緊急声明を出す必要に迫られた。今回またこのグループが新たな声明を発表したのは、安倍政権がひとつになった沖縄の意志を、無視するというより力づくで崩して、辺野古の新基地建設を決定的な段階に進めようとしているからである。

○沖縄アイデンティティの胎動と「オール沖縄」
 
 この問題は、2011年3月に東日本を襲った大震災・津波と福島第一原発の激甚事故のために、いったんは本土の政治社会的関心の後景に退くことになった。そして2年半後の自民党の政権復帰以後、安倍政権は進行していた沖縄の「目覚め」を鳩山政権の「失政」のせいにしつつ、日本の軍事化(「安全保障」という名の)を進める一環として、沖縄にイデオロギー的な圧力をかけ、辺野古新基地建設を「唯一の選択肢」として進めてゆく。
 
 しかしその間に、沖縄の状況は大きく変わり始めていた。そのきっかけになったのは、2007年に教科書から沖縄戦時に各地で起きた集団自決への日本軍の関与の記述を削除するという文科省の決定で、これは沖縄の辛酸を否定する日本政府の振舞いとして、沖縄の人びとの逆鱗にふれ、保革を超える大抗議運動が起こった。95年の少女暴行事件以来のことだった。そしてこのとき、沖縄戦の経験を核にした沖縄のアイデンティティが問われたのである。それ以来、本土(政府および住民)による沖縄の「構造的差別」が意識されるようになり、保守系県知事だった仲井真氏も、次の選挙(2014年)では普天間基地の代替は「少なくとも県外」を主張して再選された。
 
 しかしもともとが歴史否認体質の安倍政権は、このような沖縄の自己意識の胎動を無視し、「普天間基地の危険除去のため(沖縄の負担軽減のため)には辺野古移転しかない」として沖縄防衛局を通して着工準備(夜中の書類搬入など)を進める一方、名護市長選では公然と「わいろ選挙」を行い、自民党選出議員をかしづかせて(当時の幹事長は石破茂氏)「辺野古しかない」を言わせようとした。しかしそのこと自体が明治の「琉球処分」を想起させずにはいない光景だった。そして2013年暮れ、圧力の限界と見切った仲井真知事は「正月のうまい餅」と引き換えに、「大浦湾の埋立て許可」を出したのだが、まさにそれはジャパン・ハンドラーのケビン・メアの悪質な中傷(「オキナワはゆすり・たかりの名人」)を地でゆくような振舞いだった。
 
 その結果が、翌年の翁長知事の登場である。翁長氏は長く自民党県議団の代表を務める那覇市長だった。その翁長氏は、かりゆしグループや金秀グループなど沖縄財界も結集した「オール沖縄」の候補として当選した。本土政府が言うように、基地がなければ経済が成り立たないのではなく、むしろ基地がなくなったほうが地域や位置に依拠した経済が豊かに発展するという、この間の基地返還後の経済振興で示されたことをベースに、沖縄の将来を見越した財界も、沖縄の自立と誇りのために「オール沖縄」を組んだのである。

○安倍政権の対応
 
 これは1995年の転機(復帰後初めての大々的な米軍基地と日本政府への抗議、それが初めて日米両政府の協議を行わせ、普天間基地の撤去を決めさせた)、2007年の沖縄の原点潰しへの抗議に示された、沖縄の自立意識の流れを汲むものだった。保革のイデオロギー的対抗軸は、沖縄の根本の問題をむしろ隠蔽するものでしかなく、沖縄にとっての問題はアイデンティティだということ、対立は本土政府の姿勢と沖縄の自立・自治志向との間にあるのだということ(かつてこれを「鳴動する活断層」と呼んだことがある) をこの選挙は示し、翁長氏は10万票の大差をつけて当選した。それに続いたほとんどの地域選挙で「オール沖縄」の候補が当選したことは、この意識の高まりが広範なものだったことを示している。
 
 しかし安倍政権は、その圧倒的な「民意」の表明をまったく無視し、「基地負担の軽減」とはまったく逆に普天間基地へのオスプレイ配備を進め、いまではこの危険なヘリが市街地の上をわが物顔で飛んでいる。さらに、2016年春には、1995年を思わせる米軍属による女性暴行殺人遺棄事件が起こったが、沖縄の人びとが強い憤りとともに改訂を求める日米地位協定にはふれもせず、その場しのぎのジェスチャーしかしない。というより、米軍を盾に、沖縄に犠牲を強い続けて恥じない。そして2015年安保関連法制を強硬成立させて、2016年夏から高江ヘリパッド建設工事と辺野古の埋立て準備工事を、全国から警察の機動隊を派遣して強行した。その間に、オスプレイやその他の米軍ヘリの墜落事故が相次ぐが、政府はオウムのように「再発防止」を繰り返し、新基地建設を進めようとする。
 
 その一方で、「沖縄のアイデンティティ」意識を切り崩すため、翁長知事が「反日」であるとのデマを流し、失効した保守/革新のイデオロギー図式を、日本バンザイ/反日の反動的な踏み絵に置き換えるべく、インターネット・メディアで武装したプロパガンダ部隊を送り込み、現地で座り込みを続ける人びとを誹謗中傷して、一般市民の離反を画策したりしている。それと歩調を合わせているのが、和田政宗ら官邸に出入りする極右議員であり、DHCの「沖縄ヘイト」番組である。彼らは直接官邸の指示を受けているのではないにせよ、それが官邸に歓迎されていることは明かで、いわゆる沖縄ネトウヨの我那覇真子は、桜井よしこ等とともに今年年始に首相官邸に招待されているし、DHCは安倍首相お気に入りの番組制作会社だ。

○沖縄県知事選挙

 安倍政権になってから、新基地建設に反対する人びとがデマやヘイト・スピーチの標的にされるだけでなく、政権は選挙に勝つために露骨な脅し(交付金などに関して)を使うようになり、埋立て承認の撤回をめぐっては、県や県知事に対して工事遅延の損害賠償(一日二千万円)を請求することをちらつかせた。国が新たな軍事基地建設を望まない県に対して損害賠償を請求する? こんなことは地方自治を認める先進国では聞いたこともない。弱いものいじめを国が恥ずかしげもなく行う、あるいは脅しに使うというのは、官僚に公文書も廃棄させるというこの政権の破廉恥な特徴である。その政権によって、沖縄県はいま窮地に立たされている。
 
 地域に足場をおいた沖縄二紙(琉球新報、沖縄タイムズ)が「反日」メディアだという誹謗中傷は、防衛相だったときの小池百合子から始まっているが、その流れを引き継いで「果敢な」メディア攪乱を行っているのがこれらネトウヨであり、その動きが安倍政権とともに活発化しているのも確かなことだ。そして今年2月の名護市長選は、企業関係者に対する自民党の圧倒的な締付けと、公明党・創価学会による執拗な勧奨によって、稲嶺前市長を下して新基地容認の候補が当選した。このような状況の延長上に、9月下旬の県知事選が行われるのである。
 
 そこでも示されたように、今の選挙結果は公然の運動によって決まるのでもなければ、主張の正当性が選挙民に浸透して決まるのでもない。この混濁したメディア状況(攪乱される情報、作られる噂やデマや空気)のなかで、組織的・人的な囲い込みが実勢を決めてゆく。だから、まともなことをまともに主張し公表することに、現実的には大した意味もないかもしれない。しかし、であればこそ、言うべきことは言っておかなければという愚直な思いが、この声明の呼びかけ人となった有識者たちを動かしているのである。
 
 声明には、県の撤回措置を支持する具体的な根拠等が明確に示されているので、参照いただければ幸いである。
 
★「沖縄・辺野古声明2018」の賛同署名フォームは以下のURLです。
 http://unite-for-henoko.strikingly.com/ クリックすれば開きます。

 
*なお、市民団体の「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」も同趣旨の声明を用意しており、記者会見は合同で行われた。