古えの回顧のなかで受け取った新刊見本 ― 2017/12/13

この秋は年甲斐もなくあちこち飛び回ったり、余分な仕事の引き受けすぎで、さすがに疲れが溜まっていたのだろう、質の悪いかぜを引いてもう何日も外に出られない。何もせずにゴロゴロ過ごす゛無理やりの休養だ。
今日は起き出して、以前に読んだ宮城谷昌光の一冊を取り出してまた読む。『王家の風日』一九九〇年前の作で、この作家のその後連綿と続く中国古代物の最初の作のはずだ。この後、宮城谷は『天空の舟』で文壇に認められ、『夏姫春秋』で直木賞を受賞、『重耳』、『晏子』、『孟嘗君』、『奇貨居くべし』、『太公望』…と次々とベストセラーとなった古代世界を書き継いでゆく。その扉を開いたのが、漢字を生み出した商(殷)王朝期への特別の思いを込めて、その滅亡を最後の宰相箕子を軸に描いた『王家の風日』だ。ついでに言えば、『天空の舟』は夏を倒して商を建国した天乙(湯)を助け、後に名宰相の範となる伊尹の物語である。
この時代には文字記録がない。亀甲や竹簡や青銅器の文字が出土しているのは商の後期武丁王の時代以降であり、文字の出現が何を変えたのかは想像するしかない。しかしそれでも、一定の統治の秩序は存在した。そこでの祭祀のあり方、邑の様子や、邑の住人とその他の人びとの暮らし、そうしたものを文字の語らぬ文字そのものの淵をなぞるようにして、少ない資料をもとに、想像しながら一人ひとりの人物をを生きさせその天命を描き出してゆくのが宮城谷の小説である。
その小説を読みながら、西洋型の近代国家とはまったく違った秩序形成、あるいは統治体制のでき方を、天の観念や黄河という地の条件のもとでの人間(集団)の編成、剥き出しの力と超越との関わり、そして知の差配、あるいは無秩序からの知の生成、といったことから考えてみる、というのが近年のわたしの楽しみでもあった。
『王家の風日』を取り出したのは、それが宮城谷の「ふるさと」(安吾的な意味で)であるとともに、初めの方で曲阜や徐州のことにも言及されているからだ。つい最近徐州を再訪したが、その街の前身はすでに商の時代にもあった。
前置きが長くなりすぎた。そんな無理やりな休暇を終えるべく三日ぶりに外出したのはこの本を受け取るためだった。
「対談集」などというものを出すのは初めてだが、雑誌『現代思想』編集部の押川淳さんが、この間(「戦後七〇年」を挟んで前後二年ばかり)わたしの関わった対談をまとめることを提案してくれた。対談はもちろん相手があって成り立つものだが、幸い、対談を設定してくれた編集者諸氏の慧眼もあって、そのつどその筋の最適の方々を相手としてお迎えすることができ、それぞれのテーマを口頭の議論としては相当に深められたのではないかと思っている。
その意味では、この本に意味があるのはひとえに対談者の方々のおかげと言わざるをえないが、それでもわたしがここに収録した対談をするに際してつねに念頭に置いてきたのは、「まえがき」の最後に付記した次のようなことがらである。
――「想定外」が到来してしまったということは、「未来」がもう来てしまってすでにここにある、ということである。「未来」はすでにここにある、というのが「災厄の後」の基本的構えであるはずだったが、それはたちまち押し流され、何食わぬ顔で先がないことがわかっている過去の枠組みが押し付けられようとし、それに歯止めがかからない、というのがわれわれの置かれている現在の状況である。だからあらゆる場面で実情を糊塗する「フェイク」が重ねられ、「オルタナ・ファクト」がまかり通っている。その「オルタナ・ファクト」の煙幕を払って、いかにして実相を見るか、そしてそれを足場にするか、そのための努力がこれらの対話を支えている。
また、この本は久しぶりに菊地信義さんに装幀していただいた。いつもながら絶妙の文字使いと刷り上がり。お礼申し上げたい。
今日は起き出して、以前に読んだ宮城谷昌光の一冊を取り出してまた読む。『王家の風日』一九九〇年前の作で、この作家のその後連綿と続く中国古代物の最初の作のはずだ。この後、宮城谷は『天空の舟』で文壇に認められ、『夏姫春秋』で直木賞を受賞、『重耳』、『晏子』、『孟嘗君』、『奇貨居くべし』、『太公望』…と次々とベストセラーとなった古代世界を書き継いでゆく。その扉を開いたのが、漢字を生み出した商(殷)王朝期への特別の思いを込めて、その滅亡を最後の宰相箕子を軸に描いた『王家の風日』だ。ついでに言えば、『天空の舟』は夏を倒して商を建国した天乙(湯)を助け、後に名宰相の範となる伊尹の物語である。
この時代には文字記録がない。亀甲や竹簡や青銅器の文字が出土しているのは商の後期武丁王の時代以降であり、文字の出現が何を変えたのかは想像するしかない。しかしそれでも、一定の統治の秩序は存在した。そこでの祭祀のあり方、邑の様子や、邑の住人とその他の人びとの暮らし、そうしたものを文字の語らぬ文字そのものの淵をなぞるようにして、少ない資料をもとに、想像しながら一人ひとりの人物をを生きさせその天命を描き出してゆくのが宮城谷の小説である。
その小説を読みながら、西洋型の近代国家とはまったく違った秩序形成、あるいは統治体制のでき方を、天の観念や黄河という地の条件のもとでの人間(集団)の編成、剥き出しの力と超越との関わり、そして知の差配、あるいは無秩序からの知の生成、といったことから考えてみる、というのが近年のわたしの楽しみでもあった。
『王家の風日』を取り出したのは、それが宮城谷の「ふるさと」(安吾的な意味で)であるとともに、初めの方で曲阜や徐州のことにも言及されているからだ。つい最近徐州を再訪したが、その街の前身はすでに商の時代にもあった。
前置きが長くなりすぎた。そんな無理やりな休暇を終えるべく三日ぶりに外出したのはこの本を受け取るためだった。
「対談集」などというものを出すのは初めてだが、雑誌『現代思想』編集部の押川淳さんが、この間(「戦後七〇年」を挟んで前後二年ばかり)わたしの関わった対談をまとめることを提案してくれた。対談はもちろん相手があって成り立つものだが、幸い、対談を設定してくれた編集者諸氏の慧眼もあって、そのつどその筋の最適の方々を相手としてお迎えすることができ、それぞれのテーマを口頭の議論としては相当に深められたのではないかと思っている。
その意味では、この本に意味があるのはひとえに対談者の方々のおかげと言わざるをえないが、それでもわたしがここに収録した対談をするに際してつねに念頭に置いてきたのは、「まえがき」の最後に付記した次のようなことがらである。
――「想定外」が到来してしまったということは、「未来」がもう来てしまってすでにここにある、ということである。「未来」はすでにここにある、というのが「災厄の後」の基本的構えであるはずだったが、それはたちまち押し流され、何食わぬ顔で先がないことがわかっている過去の枠組みが押し付けられようとし、それに歯止めがかからない、というのがわれわれの置かれている現在の状況である。だからあらゆる場面で実情を糊塗する「フェイク」が重ねられ、「オルタナ・ファクト」がまかり通っている。その「オルタナ・ファクト」の煙幕を払って、いかにして実相を見るか、そしてそれを足場にするか、そのための努力がこれらの対話を支えている。
また、この本は久しぶりに菊地信義さんに装幀していただいた。いつもながら絶妙の文字使いと刷り上がり。お礼申し上げたい。
『越境広場』第4号、目取真俊の闘い ― 2017/12/18

言うまでもなく沖縄は、日米安保を盾にした日本政府、とりわけ近年の安倍官邸権力による傲岸無比の扱いによって日々無情に押しひしがれ、翁長知事が行政を担う県庁から、無名の人びとが座り込みを続ける辺野古その他の現場に至るまで、あらゆるレベルで繰り返され続けられる抗議や抵抗をせせら笑うかのように、政府は相次ぐ事故を引き起こす米軍機にはほとんど無条件で空を明け渡し、機動隊が座り込みを排除するキャンプシュワッブでは、日々ダンプカーで運び込まれる大量の砂利で大浦湾が埋立てられている。
最近では、米兵の犯罪が起こり、オスプレイ他のヘリ事故が起こるたびに、やり場のない怒りの抗議集会が開かれると、それを中国のスパイだとか、金をもらっているとかいった恥知らずの誹謗中傷が公然と行われ、街宣車の大音響で集会を妨害することさえ横行している。上からは各種行政機関を使った問答無用の露骨な権力行使(そして政府、最高責任者はけっして顔を出さない)、下からはゲス根性の汚水掻きまわして撥ね飛ばすドブネズミたちの嫌がらせ、そして違法として逮捕されるのは体一つで座り込みする人たちなのだ。法は強権遂行の道具になり、無法状態を囲い込んでいる。何より権力が無法者たちの手にあるからだ。
年々更新されるそんな状況の切迫のなかで、沖縄に生きることは日々この事態に抗い闘うことだ。その抗いの軸をたしかめ、変わらぬ構造を射貫くべく、思念や行動を言葉にすべく刊行され続けているのが思想誌『越境広場』だ。
この冬は第4号、目取真俊の特集だ。巻頭の仲里効×目取真俊のクロス・トーク「行動すること、書くことの磁場」。仲里の歴史構造的批評意識と、目取真の身体感覚的直言とが、妥協なくぶつかり合い相互のエッジを際立たせる。何もできないまま考えあぐねるしかない者の臓腑をえぐる圧巻の20ページ。ぜひ手に取ってみられたい。豊里友行の写真がまたいい。
最近では、米兵の犯罪が起こり、オスプレイ他のヘリ事故が起こるたびに、やり場のない怒りの抗議集会が開かれると、それを中国のスパイだとか、金をもらっているとかいった恥知らずの誹謗中傷が公然と行われ、街宣車の大音響で集会を妨害することさえ横行している。上からは各種行政機関を使った問答無用の露骨な権力行使(そして政府、最高責任者はけっして顔を出さない)、下からはゲス根性の汚水掻きまわして撥ね飛ばすドブネズミたちの嫌がらせ、そして違法として逮捕されるのは体一つで座り込みする人たちなのだ。法は強権遂行の道具になり、無法状態を囲い込んでいる。何より権力が無法者たちの手にあるからだ。
年々更新されるそんな状況の切迫のなかで、沖縄に生きることは日々この事態に抗い闘うことだ。その抗いの軸をたしかめ、変わらぬ構造を射貫くべく、思念や行動を言葉にすべく刊行され続けているのが思想誌『越境広場』だ。
この冬は第4号、目取真俊の特集だ。巻頭の仲里効×目取真俊のクロス・トーク「行動すること、書くことの磁場」。仲里の歴史構造的批評意識と、目取真の身体感覚的直言とが、妥協なくぶつかり合い相互のエッジを際立たせる。何もできないまま考えあぐねるしかない者の臓腑をえぐる圧巻の20ページ。ぜひ手に取ってみられたい。豊里友行の写真がまたいい。
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