トランプを制することができるのは国際法ではなく合州国憲法 ― 2026/03/05
3月4日にトランプは前日の予告どおりまたイランに爆撃の「大波」を被らせた。
最初にハメネイ師とその家族、会議に集まった軍幹部40人を一挙に爆殺し(イスラエルの情報提供で、ついでに女学校も爆撃)、それでもすぐに反撃があったから5日後には今度は「指導者後継選び」の会議を目がけて大空爆(B52も参加)、要するにイランの統治指導層とその候補らを文字どおり「殲滅」。これでイラン(人口9千万超、テヘラン900万)の人びとが「大混乱」に陥らない方がおかしい。トランプはその「始末」をどうつけるつもりなのか?(プランがないとは言われている)。
だがトランプは「鎮圧・制圧」のための地上軍は送れない。去年6月に核施設(だけか?)破壊でやったように「外科的介入」だけですむと思っていたのだ(トランプもヘグゼスも戦争はシロウト)。地上軍派遣となれば、正真正銘の「戦争」であり、議会に諮る必要がある。議会を超えて「開戦」したということになれば、ただちに大統領越権の「弾劾」が始まることになるだろう(始まらなかったら、アメリカはトランプをアンタッチャブルな主人と認めたことになる)。
トランプにとっては国連も国際法も何ものでもない(だから国連安保理会合の議長にメラニアを送り込んだりする)。アメリカは「例外的」最強国なのだから、弱者のための国際法など守る必要もない(じっさいこの間、対ベネズエラ、対キューバでもそう振舞ってきた)。だがアメリカの「大統領」(職務)である以上、合州国の憲法や法律には従わなければならないのだ(憲法はそのためにある)。
アメリカでは宣戦布告の権利は議会にある。緊急だったとしてもすみやかに事後承認をえなければならない。わずか5日でこんな惨状(敵の指導部――つまり交渉相手――殲滅、イランの反撃で戦争周辺に拡大、エネルギー地帯で世界経済大混乱、そしてイランは踏みにじられる…)を生み出した「軍事行動」(交渉途中で不意打ち攻撃)を議会が認め、トランプの大統領としての行動を追認したら、そのときには世界は、アメリカが最大の「無法国家」とみなすだろう。そして国際法秩序・国連体制は事実上瓦解する。*逆にいえば、今、世界の安定のために国際法秩序を必要とし、支えようとしているのは事実上「非米・非西側」の国々なのだ。
だが最近、「トランプ関税」も「その権限なし」と連邦最高裁に判定され、トランプは経済的威圧のために他の手段を探らざるをえなくなった。この「戦争」に関しても、「越権」ないし「権限逸脱」で国家に損害を与えたということになれば、トランプは「弾劾」されることだろう(前の任期末での「議事堂乱入使嗾」に続いて)。ただ、そのときアメリカ国家が大統領の不法行為によってイランとイランの人びとに引き起こした「甚大な損害」に対し、どのような「保証」をできるのかはまた大問題だが、アメリカはそれを果たさなければ、金輪際「国際社会のリーダー」などとは言えなくなるだろう。
もちろん、今回の「イラン破壊作戦」が不正行為だったなどということは、イスラエルが(アメリカ議会にも)認めさせないだろう。アメリカが「海外派兵して戦争するなどバカバカしい浪費だ」と言っていた(そしてノーベル平和賞をよこせと言っていた)トランプを唆して、この「破壊作戦」をやらせたのはネタニヤフのイスラエルであって(証拠も挙がっている)、何としてでもイランを潰す(イランの存在自体が「存立危機事態」)というのは、けっして「ふつうの国」にはなれない選民国家イスラエルの執念だ。その要請をトランプはかわすことはできないだろう(「エプスタインの罠」も関係している)。
唯一のよき兆候は、アメリカ国際法学会の次期会長(4月就任)が、すでにベネズエラ・ハイテク軍事強盗・大統領拉致事件のときに、このトランプ政権の行為があからさまな国際法違反だと表明している。そしてこの2日には、同学会現会長が今回のイラン攻撃がはっきりと国際法違反だと表明したことである。アメリカ大統領の国際法違反(無視・蹂躙)を、国際社会(国連)は裁くことができない――強者の力が事実を作る(アメリカ例外主義)というのだから――が、トランプも合州国の法には従わねばならないのである(従わねばクーデターになる)。
・ついでに言っておけば、フランスのマクロン大統領はバカである。この事態を受けて(あるいはウクライナ問題も重ねて)、ヨーロッパの「抑止力」のためにフランスの核弾頭を増やすという。そして今度は地中海に原子力空母を派遣するという。
「抑止力」とは「核の脅し」で「敵」が攻撃を控えるという都合のよい妄想だが、そんなものに意味がないというのを示したのが「九・一一」だったし、ロシアもNATOの「抑止力」に挑戦してウクライナに侵攻した。相手の「核」を「使わせない」という想定の下で、やたらに戦費をつぎ込むだけが戦争国家の妄執である。だが、軍需産業というのは、人を殺し街や村を破壊してそれだけのために「消費」される製品作りであり、戦争がないと維持できない。そしてその製品は戦争で人間社会を消耗させるためにしか役立たないのだ。それが「役に立つ」と思わせ、人間社会の命運を無視して「経済システム」を「成長」させるという妄想を支えるのが「抑止力」理論だ。
フランスは、いま地中海に原子力空母を派遣して何になるのか?アメリカとイスラエルを「抑止する」つもりか?まさか、そんなことはありえない。だとしたらイランの混乱した「反撃」を制圧するためか?だったら初めからそう言えばいい。この先の中東利権確保のためだと(イギリスでさえ今度の米イの戦争には加わらないと言っているし、スペインははっきり米イの戦争への加担を拒否した)。
※アメリカにおいて宣戦布告の権利が議会(連邦議会)に属することは、アメリカ合衆国憲法 第1条 第8節(Article I, Section 8, Clause 11)で明確に規定されている。
最初にハメネイ師とその家族、会議に集まった軍幹部40人を一挙に爆殺し(イスラエルの情報提供で、ついでに女学校も爆撃)、それでもすぐに反撃があったから5日後には今度は「指導者後継選び」の会議を目がけて大空爆(B52も参加)、要するにイランの統治指導層とその候補らを文字どおり「殲滅」。これでイラン(人口9千万超、テヘラン900万)の人びとが「大混乱」に陥らない方がおかしい。トランプはその「始末」をどうつけるつもりなのか?(プランがないとは言われている)。
だがトランプは「鎮圧・制圧」のための地上軍は送れない。去年6月に核施設(だけか?)破壊でやったように「外科的介入」だけですむと思っていたのだ(トランプもヘグゼスも戦争はシロウト)。地上軍派遣となれば、正真正銘の「戦争」であり、議会に諮る必要がある。議会を超えて「開戦」したということになれば、ただちに大統領越権の「弾劾」が始まることになるだろう(始まらなかったら、アメリカはトランプをアンタッチャブルな主人と認めたことになる)。
トランプにとっては国連も国際法も何ものでもない(だから国連安保理会合の議長にメラニアを送り込んだりする)。アメリカは「例外的」最強国なのだから、弱者のための国際法など守る必要もない(じっさいこの間、対ベネズエラ、対キューバでもそう振舞ってきた)。だがアメリカの「大統領」(職務)である以上、合州国の憲法や法律には従わなければならないのだ(憲法はそのためにある)。
アメリカでは宣戦布告の権利は議会にある。緊急だったとしてもすみやかに事後承認をえなければならない。わずか5日でこんな惨状(敵の指導部――つまり交渉相手――殲滅、イランの反撃で戦争周辺に拡大、エネルギー地帯で世界経済大混乱、そしてイランは踏みにじられる…)を生み出した「軍事行動」(交渉途中で不意打ち攻撃)を議会が認め、トランプの大統領としての行動を追認したら、そのときには世界は、アメリカが最大の「無法国家」とみなすだろう。そして国際法秩序・国連体制は事実上瓦解する。*逆にいえば、今、世界の安定のために国際法秩序を必要とし、支えようとしているのは事実上「非米・非西側」の国々なのだ。
だが最近、「トランプ関税」も「その権限なし」と連邦最高裁に判定され、トランプは経済的威圧のために他の手段を探らざるをえなくなった。この「戦争」に関しても、「越権」ないし「権限逸脱」で国家に損害を与えたということになれば、トランプは「弾劾」されることだろう(前の任期末での「議事堂乱入使嗾」に続いて)。ただ、そのときアメリカ国家が大統領の不法行為によってイランとイランの人びとに引き起こした「甚大な損害」に対し、どのような「保証」をできるのかはまた大問題だが、アメリカはそれを果たさなければ、金輪際「国際社会のリーダー」などとは言えなくなるだろう。
もちろん、今回の「イラン破壊作戦」が不正行為だったなどということは、イスラエルが(アメリカ議会にも)認めさせないだろう。アメリカが「海外派兵して戦争するなどバカバカしい浪費だ」と言っていた(そしてノーベル平和賞をよこせと言っていた)トランプを唆して、この「破壊作戦」をやらせたのはネタニヤフのイスラエルであって(証拠も挙がっている)、何としてでもイランを潰す(イランの存在自体が「存立危機事態」)というのは、けっして「ふつうの国」にはなれない選民国家イスラエルの執念だ。その要請をトランプはかわすことはできないだろう(「エプスタインの罠」も関係している)。
唯一のよき兆候は、アメリカ国際法学会の次期会長(4月就任)が、すでにベネズエラ・ハイテク軍事強盗・大統領拉致事件のときに、このトランプ政権の行為があからさまな国際法違反だと表明している。そしてこの2日には、同学会現会長が今回のイラン攻撃がはっきりと国際法違反だと表明したことである。アメリカ大統領の国際法違反(無視・蹂躙)を、国際社会(国連)は裁くことができない――強者の力が事実を作る(アメリカ例外主義)というのだから――が、トランプも合州国の法には従わねばならないのである(従わねばクーデターになる)。
・ついでに言っておけば、フランスのマクロン大統領はバカである。この事態を受けて(あるいはウクライナ問題も重ねて)、ヨーロッパの「抑止力」のためにフランスの核弾頭を増やすという。そして今度は地中海に原子力空母を派遣するという。
「抑止力」とは「核の脅し」で「敵」が攻撃を控えるという都合のよい妄想だが、そんなものに意味がないというのを示したのが「九・一一」だったし、ロシアもNATOの「抑止力」に挑戦してウクライナに侵攻した。相手の「核」を「使わせない」という想定の下で、やたらに戦費をつぎ込むだけが戦争国家の妄執である。だが、軍需産業というのは、人を殺し街や村を破壊してそれだけのために「消費」される製品作りであり、戦争がないと維持できない。そしてその製品は戦争で人間社会を消耗させるためにしか役立たないのだ。それが「役に立つ」と思わせ、人間社会の命運を無視して「経済システム」を「成長」させるという妄想を支えるのが「抑止力」理論だ。
フランスは、いま地中海に原子力空母を派遣して何になるのか?アメリカとイスラエルを「抑止する」つもりか?まさか、そんなことはありえない。だとしたらイランの混乱した「反撃」を制圧するためか?だったら初めからそう言えばいい。この先の中東利権確保のためだと(イギリスでさえ今度の米イの戦争には加わらないと言っているし、スペインははっきり米イの戦争への加担を拒否した)。
※アメリカにおいて宣戦布告の権利が議会(連邦議会)に属することは、アメリカ合衆国憲法 第1条 第8節(Article I, Section 8, Clause 11)で明確に規定されている。
トランピズムと西洋的世界秩序の終焉(Nouvel Revue Politique, 2026.03) ― 2026/03/15
「トランピズムと西洋的世界秩序の終焉」(Nouvelle Revue Politique)
Stephane Rozes―オサム・ニシタニ教授、Nouvelle Revue politique としては、今日の国際状況、アメリカに由来して起こっていることについて、貴重な光を投げかけていただいたことに感謝しています。あなたは日本の知的風景の中で、独自の重要な位置を占めておられますが、あなたの考えはどんなふうに形成されたのですか?
N――はじめに断っておけば、私は国際政治や国際関係の専門家ではありません。
私の出発点はジョルジュ・バタイユ研究です。彼はさまざまな意味で西洋的思考の極北まで行き、その極点を「インポッシブル」と表現した人です。そして西洋を呑み込んだ世界戦争のさなかで、「私自身が戦争だ」という意識で『内的体験』を書きました。私の仕事はそれ以来、この世界の破局としての「戦争」とは何だったのか、それは現実的にはどのように起こったのか、その歴史的かつ存在論的な意味は何だったのか?また、それが「歴史の終り」として意味づけられるのならば「世界史」とは何だったのか?等々を問い詰めてきました。
その過程で「西洋」というものがある時点からの制度的な構築物であるというピエール・ルジャンドルの思考に出会いました。彼は「制度性」ということで主体と社会とが相互形成されることや、信仰と法そして権力や経済活動がどのように西洋という規範的構築物のなかで分節・複合化されてきたのかを示しました。
私はまず「世界戦争」の歴史的かつ存在論的な考察から始めました。そして「世界史の終り」というときの「世界史」について。現代を「世界史の臨界」として捉えたからです。ただ、私が日本語話者であるため、そして日本が一九世紀半ば以来ずっと「西洋化」を果たしてきたため、翻訳を通していつも「西洋の他者」ということを意識させられます。そのため西洋由来の概念についてつねに解釈学的立場をとらざるをえません。それが私が名辞にこだわる理由でしょう。「西洋」という語や、「アメリカ」という名辞のあり方について。とくに名前の創設作用というか、西洋的「名づけ」における「権利」との関係について。
たとえば、「アメリカ」という名は誰がつけて、どう機能したのか?地図に書き込まれてそれは西洋では自明のものになるが、名づけられた地に生きている人たちにとってはどう作用したのか。そしてそれは世界的に通用するようになったのはなぜなのか、云々。
というわけですから、私の仕事は日本でもアティピックなものです。ただ、それなりのインパクトはあると思っています。「アメリカ論」も注目されるにはされましたが、日本はご存知のように、戦後は知的にも圧倒的なアメリカの影響下にあるし、現代はあらゆる情報がたちまちデジタル情報の濁流に呑まれてゆくので、慧眼の士をのぞいては、広く影響を持っているとは言えないでしょう。
幸い、フランスにはモンテーニュやモンスキューといった、他者の眼差しを受けとめる知的伝統があります。アメリカを扱った私の著作がフランスに紹介されたのは、それに注目してくれた人がいたからです。その後、アラビア語やスペイン語への翻訳の話もありましたが、このデジタル・コミュニケーション――つまり反読書・反省省略――の時代にはなかなか実現しません。
SR:近年では「西洋」と「グローバル・サウス」との対立が云々されますが、その味方に付いては同意されますか?だとしたらその深い性格はどんなものでしょう?
N:その問いに答えるには、この対立が何を指しているのか、どうして対立項になるのかを考えておかねばなりません。西側というのは西洋先進国ですね。そしてサウスというのはかつて西洋諸国の植民地だった南の国々です。
現在の国際秩序の元を作ったのは西洋だということは確認しておく必要があるでしょう。というより国際(国家間)秩序というものは西洋でできました。いわゆるウェストファリア体制ですが、その拡大が国連秩序にまでいたる現在の世界の状況を作り出しました。「グローバル・サウス」というのは、自分たちの作ったものではないこの体制の中で、それぞれの困難を抱えながら自立をめざす地域です。そう考えると西洋とグローバル・サウスの対立とは何を意味するのでしょう。
結論から言ってしまえば、このような対立が想定されるのは、西洋の主導性が試練にさらされている(西側の好みの表現を使えば「挑戦を受けている」)ということの現れでしょう。これは初めてのことではなく、二度目の、そして決定的な時期なのだと思います。
最初の終りは「世界戦争」です(欧州大戦と世界戦争を一連のものとして考える――これを二十世紀の「三十年戦争」と表現する人もいます)。このころ盛んに「西洋の没落」が、あるいは哲学的には「世界の終末」が語られました。
その結果、二度と世界戦争が起こらないようにと国連体制が組まれ、ヨーロッパ由来の国家間秩序(ウェストファリア体制)は質を変えました。まず、各国の戦争する権利は大きく制約されました(原則、否定)。そして国際法体制は西洋外にも拡張され、旧植民地から独立する国々も主権国家として組み込まれるようになりました。それと同時に、諸国家における人びとの基本的人権も認められるようになりました。戦争する国家が何人であれ人権を尊重しなければならないということが原則になったのです。
ただし、戦争禁止には例外規定があって、自衛のための戦争(「正当防衛」)は可とされたわけです。それはこの秩序が戦争によってもたらされた、つまり「戦勝国」秩序だったからです(事実上このとき、西洋の主導権はヨーロッパからアメリカ合州国に移りました)。
そして、世界はすぐに米ソの冷戦情況に入って、全体が二つの陣営で対立し始めました。けれども、冷戦下で独立したアジア・アフリカの多くの国々は、両陣営に組み込まれるのを嫌って、アジア・アフリカ諸国会議に集いました(1955年のバンドン会議)。そこに、合州国の「裏庭」として「北の巨人」の支配を受けていたラテンアメリカ諸国も加わり、「非同盟諸国会議」が作られます。それが「第三世界」と呼ばれました。この国々の意向が、国連体制のなかでしばしば米ソ両国のイデオロギー的意図を阻害するようになります。
けれども、かつて「西洋の世界化」のプロセスで植民地支配を受けてきて、なおかつヨーロッパの課した統治区分に従って国作りをしなければならなかったこの国々は、基本的に脆弱で貧しく、普遍化した(ポスト西洋的な)国際法秩序の保護なしには存続しえません。内部の脆弱さもありますが、独立後もさまざまなかたちでポスト植民地主義的な支配を受けるわけです。だから、その後も、真に国際法秩序を必要とし、それに守られるがゆえにそれを支えようとするのは、この非同盟諸国の集まりだと言うことができます。
ソ連の力が衰え、冷戦後も見えてくるようになると、西側先進国はG7を結成して、グローバル化世界の運営をリードしようとします。けれどもこれは同盟関係を前提としています。「西側的価値」を共有しないと加われません。こうしてソ連崩壊後も、欧米は対ソ同盟であるNATOを解消しませんでした。そのG7の国々は国際法を都合よく解釈・運用するし、何より「西側」以外の国々をつねに「潜在敵」として警戒し牽制しようとします。ロシアや中国はつねに「西洋優位」を脅かすものとして警戒されており、西側はその対抗のために、その他の「南」の国々を「グローバルサウス」とまとめて、あたかも指導・管理の対象であるかのように扱っているのです。
あなたのご質問に戻れば、いまはたしかに「西洋とグローバル・サウス」とが対立するフェーズにあるように見えます。しかしそれは、以上のようなことなのではないでしょうか。
SR:あなたによれば、アメリカ合州国とヨーロッパ(EU)の根本的違いとはどういうものでしょう。
N:重要なご質問だと思います。わたしはその質問に対して本質主義的な議論はしません。制度論的に答えてみたいと思います。
アメリカも近代ヨーロッパも「オクシデント(西洋=西側)」という出自を共有しています。けれども、オクシデントの世界展開(海外進出)の過程で、アメリカはヨーロッパから離脱する「別世界」として形成されました(ただし、これは北米のUSAのことです)。ヨーロッパ諸国はアフリカ・アジアの国々を領有し支配し、本国の産業経済システムの末端にそれを統合してゆきます。一七世紀にヨーロッパはウェストファリア体制を作りました。これが主権国家間の相互承認体制、国際法秩序です。この体制をもとにキリスト教諸国家の域外拡張として非ヨーロッパ地域は統合されてゆきます。(その姿勢が一般には帝国主義と呼ばれますね)。
ところが北アメリカには、その「ヨーロッパ公法秩序」内に存在の場をもてなかった「ピューリタン」たちが、「信仰の自由な地」を求めて大西洋の彼方に「脱出」し移住します。そしてそこに、初代ニューイングランド総督の言葉を借りれば、「新しいイスラエル」を作り出したのです。
そこはローマ法にしたがって「無主の地」とみなされ、開拓した入植者たちの所有地になりました(労働が所有の起源というロックの説)。現地の先住民には「土地所有」の観念がなかったので、彼らは外からの到来者を拒みませんでしたが、入植者たちは土地の所有権を盾に先住者たちを追い出したのです。それ以降、土地の権利をもつ「アメリカ人」と、彼らに「インディアン」と呼ばれた先住民たちの抗争が続きます。そして約二世紀かかって、大地のすべてが「アメリカ人」の所有する不動産となる。つまり彼らの資産となって、「生きる土地を返せ」という先住民たちの要求は、無権利者のつまり無法者たちの反抗として制圧され、その存在は抹消されてゆきます。その結果「解放された」世界が、所有者たちの権利を守る「政府」を作ることで「自由の国」アメリカになったわけです。
そこで注目されるのは、アメリカ植民地諸州は、イギリス国王の勅許を受けた民間会社、それも株式会社による事業として開拓・建設されたことです。入植者はその会社の株主です。国王の勅許は土地取得から、開発事業、そこでの行政組織の整備まで、すべてにわたる権利を含んでいました。いわば植民事業の民間委託ですね。そうして作られたステートが、国王の権限(徴税権)を嫌って、委託契約を破棄して「自立する」、それがアメリカ・ステートの英王国からの「独立」でした。つまり民間統治経営ステートがそれを規制する外部権力を排除して独立したということです。私的所有権に基づく自由経済(決定審級として株主総会がある)ステートがその自立性を確立したわけです。このときステートは13ありましたが、まとまって連邦政府を作りました。それはいわば独立のために「武装した持ち株会社」のようなものですね。
アメリカとヨーロッパの基本的な違いはこの点にあります(征服領土国家と民間開発会社の連合)。アメリカがヨーロッパから離反したのもそのためです。
ヨーロッパ諸国はもともとゲルマンの征服王朝由来で、それが領土分割線を挟んで互いに争い合い、そこに「秩序」をもたらすために主権国家形態をもとにした「戦争と平和の法」としての国際法秩序を作りました。それがウェストファリア体制です。
ところがアメリカでは、領土のせめぎ合いなどありません。広大な大地は「自由取得」の対象で、先住民という障害を取り除けば、すべてが(土地に付随するあらゆるもの)所有権システムのもとで自由処分を推奨される資産に、そして資源になります。
だからアメリカ合州国は、その独立に刺激されてラテンアメリカ諸国がスペインの帝国支配から独立するときに、モンロー教書を発して、ヨーロッパに対して三行半を突きつけたのです。「自由の新世界アメリカに手を出すな」と。新世界アメリカは、領土争いと戦争に明け暮れる古いヨーロッパとは違うのだ、と。
SR:それは新自由主義をめぐる議論を思い起こさせますね。(付加)
N:その通りだと思います。ふつう新自由主義というのは、国家主導の景気政策を動力とするケインズ主義に対抗して登場し、経済のグロ―バル化で標準的になった市場原理主義だと考えられていますが、じつはこれは「新世界」形成のときの社会形成原理だったのではないでしょうか。
つまり、私権を拘束する政治権力(国王)を排除する、規制はするな、あらゆるものは自由に商品化され、市場がその良し悪しを決定する、それによって社会は最適化されるから、政策もなにも市場の自由に委ねよ、と。
これが、植民地諸州の経営原理で、その持ち株会社としてのアメリカ合州国の主張ですよね。そのときの「外的規制」というのが、ヨーロッパの主権国家体制であり、「国際法秩序」だったわけです。だからアメリカはそこから離脱する。
ただし、アメリカは第一次大戦後、崩壊しかけたヨーロッパに戻る、というよりそれを管理するために世界統治に関与するようになりました。それと同時に世界経済の中で「大恐慌」に見舞われ、それ以来ケインズ主義政策(市場への政治の介入)を取らざるをえなくなりました。国内的には失業対策を、国際的には軍事を含む支援政策を展開するわけです。冷戦下では東西対立もあって、その関与が深くなりました。そのためにベトナム戦争のころには国家財政が極度に悪化し、肥大化した「公共事業(戦争を含む)」をしだいに「民営化」するようになりました。その手始めは「兵役の民営化」(徴兵制の廃止)であり、ついで「軍事の民営化」(民間軍事会社)です。そして冷戦後の市場一元化の時期には、「国家か市場か」が論じられるほどに、民営セクター、つまりグローバル企業が世界経営(ガバナンス)の大きなアクターになります。それは一般には、経済のグローバル化に伴う新自由主義の規範化というふうに言われますが、なんのことはない、これは冷戦後の世界の「アメリカ化」に伴う「経済外的(政府)権力」の排除だったのではないでしょうか。
SR:その観点からすると、第二次トランプ政権とは何なのでしょう?
合州国は第一次大戦でヨーロッバに派兵するとき、国内の反対を説得するために強力なイデオロギーを必要としました。「戦争のヨーロッパにアメリカの民主主義を」、というものです。アメリカの新しい民主主義(経済原理主義)が古いヨーロッパを救うというわけですね。
ウェストファリア体制のもとでの戦争は没イデオロギー的だったのですが(宗教は棚上げ)、アメリカは海外派兵するためにイデオロギーを必要とし、それ以後、アメリカの戦争はつねにイデオロギーを掲げるようになります。第二次大戦後の米ソ対立は文字通りイデオロギー戦争でした。諸国家の利権をめぐってせめぎ合うというより、社会形成の原理が対立の原因になったりました(私的所有権にもとずく自由を原理とする社会と、私的所有を排した国家管理の社会)。
社会主義圏の崩壊で冷戦が終わると今度は、グローバル化した世界に無秩序をもちこむ危険な異物がいる(アラブ・イスラーム圏に)、ということでアメリカはその敵を「テロリスト」と名指して「テロとの戦争」を始めます。これはそれまでの戦争と違って、国家間関係を超えたものとされています(ラムズフェルドは「ウェストファリア体制はもう古い」と公言しました)。そして「テロリスト」とは、人権の埒外に置かれた、存在を認められない、つまり「殺してもよい」とされた非人間のカテゴリーです。(これによって、第二次大戦後に確立されたはずの、国際法も、普遍的人権の理念も無効にされました)。
このグローバル規模の戦争体制は、アメリカによる世界の管理体制だったのです。けれども、主要先進国(とりわけ西側)が協力したとはいえ、アメリカにとって過剰な負担になっただけでなく、かえって無秩序を拡大して収拾のつかない混乱を引き起こしました。そこで、アメリカ合州国は、自己の負担を軽減するために再び国際関係(国家間秩序)を利用するようになります。それが「新冷戦」ともささやかれた、バイデン政権の打ち出した「民主主義国vs.権威主義国」という図式です。これが最新のイデオロギーで、中国の否定しがたい台頭があって、それを脅威とみなす西側(欧米および日本)諸国にも共有されていました。
そこにトランプ大統領が登場したわけです。彼は「アメリカ・ファースト」を掲げますが、それは単なるアメリカのナショナルなエゴイズムを表明するものではありません。アメリカはもうヨーロッパのために世界秩序の管理などしない、本来のモンロー主義、つまり「自由の西半球」の盟主にもどるということです。
その意味では、いま世界に起こっている変化は100年規模のものです。しかしそれはたんに世界が強力な国(帝国)の抗争のアリーナに戻ったということではないでしょう。かつて国際法秩序の外に出てできた国(例外国家)が、再びその「例外性」を主張するようになったということです。もはやイデオロギーや同盟関係はアメリカにとってはお荷物でしかない。だから、「先住民抹消のうえに自由の国を作る」という、同じ国家原理をもつイスラエルに関しては、誰が何と言おうと後押しし、中東をコントロール下に置かせます。そして自分は、EU諸国(NATO)を逆なでしながらグリーンランドは領有すると公言し、パナマ運河も自分のものだし、ベネズエラやキューバは「当然アメリカに属するものだから、その資源も何も自分のもの」と主張します。強盗無法国家の面目躍如です。ベネズエラに関して、西側諸国はマドゥロ政権が独裁抑圧体制だという理由で、国内の「民主派」を支持し、経済制裁にも参加してきましたが、トランプは「民主主義」など関係ない。自分のものだった石油を取り戻すのだ、とあけすけに公言します。イデオロギーなどクソくらえというわけです。
けれどもこれが重大な国際法秩序の無視であり蹂躙であることは明らかなのに、EU諸国はほとんどこれを座視するばかりか、マドゥロは弾圧体制を敷いていたのだから、これでベネズエラも民主主義国になるだろうとばかり、追認する状況です。国連安保理会合の始めにジェフリー・サックスが、この会議のテーマはアメリカのあからさまな国際法違反であって、マドゥロ政権の性格云々ではないと言いましたが、それが効果をもったという話は聞きません。そして今では、キューバが深刻な「人道危機」にさらされています。それに対してアメリカの不当を非難しキューバに支援の手を差し伸べようとするのは、メキシコのシェインバウム大統領ぐらいです。国際法秩序の元祖、ヨーロッパは何をしてるのでしょう。
今まで同盟国だと信じていたアメリカに手のひらを返されて収拾狼狽、何とかアメリカを繋ぎとめようと、その乱暴狼藉に文句ひとつ言えません(最近多少言うようになりましたが)。
第一次と第二次のトランプ政権の違いは、第一次では国家機構によって邪魔された私権の行使を、第二次ではその障害を人事で取り除いたということだと思います。それによって、私権と公的職務との区別がなくなったのです。個人の「狂気」(公私の無差別化)が国家の「狂気」になったということですね。
SR:あなたは現在のヨーロッパあるいはフランスの状況をどのようにお考えでしょう。
ヨーロッパについて、あるいはフランスについて、私が述べる立場にはないと思います。その代わりに、日本の状況について少しお話ししたいと思います。
日本はこの激変の中で、悲喜劇的な情況をさらしています。日本は非戦憲法をもつことで、戦後の国際秩序(国連体制)に迎え入れられました。しかし冷戦下のアメリカは日本を対ソ連・対中国の防波堤として使うため、日本に再軍備を許可し、世論を醸成するため戦前の勢力の復活を許しました。それによって戦前からの「反中」姿勢を促されたのです。
日本政府はつねに「日米同盟」のもとで世界的役割を果たす、と強調してきました。今の女性首相は米軍艦に乗ってトランプの隣で飛び上がり、「日米同盟の高みで輝く」とアピールします(誰に向かって?)。そして「台湾有事」では日本軍が介入する、とまで国会で発言します。この首相の哀しいところは、「日米同盟」などと日本がいくら強調しても、アメリカの外交政策全般のなかではそれがごく一部でしかないということがわかっていないこと、それに日本がどれだけ軍事力をそろえても、戦争事態かどうかを決める権限は日本にはないということ、さらにアメリカが戦争事態だと認定したときには、日本軍は米軍指揮下に編入されるということ、つまり日米安保条約が完全な従属契約であることさえ分かっていないのです。
日本は原爆を受けて降伏した敗戦国です。軍備を備えることを許されるとしたら、日米安全保障条約(および地位協定)にしたがって、主要兵器はアメリカから買い、かつ軍が動くときには米軍指揮下に入るということが条件なのです。
いま日本では多くの人びとが、戦争ができないような国は主権国家ではない、もっと言えば、中国を怖れているようでは自立国家でないと考えているようですが、日本はアメリカの許可なしには、あるいはアメリカの一部隊としてしか戦争はできないというのが実情です。
日本がこのグローバル化した世界で、ほんとうに自立性・独立性を確保しようとするなら、頼るものは国際法秩序と「諸国家の信義」しかありません。ただしその国際法秩序とは、冒頭にふれたような「脱西洋化」した法秩序のはずです。日本は近年、「西側と価値を同じくする」ことを主張し、EU・NATOに参加する意向を隠しませんが、それはまったくの歴史的錯覚というものです。むしろ日本は、西洋の世界化という大きな歴史的プロセスのなかで特有の位置取りをとって「発展」した国ですが、戦後の、そして冷戦後には無条件になるアメリカへの隷従姿勢のなかで、その発展の遺産をすべてすり潰してしまい、その経験のもとで、むしろ非同盟諸国とのつながりを作るのがその役割だと思います。
ヨーロッパについて、あるいはフランスについて、私が述べる立場にはないと思いますが、それでも言うとしたら、現在がアメリカの離反によって「西洋」が崩壊した「西洋的世界秩序の終焉」のときであることを自覚し、かつ世界の中心であるという意識を捨てて、他者との競争や戦争だけが基本という姿勢も捨てて、ヨーロッパがロシアにも中国にも開かれた公正な国際法秩序の軸になる地域として役割を見いだすべきだと思います。
要するに、その点では私の立場はいわゆるアルテル・モンディアリストと親和的かと思います。
https://nouvellerevuepolitique.fr/le-trumpisme-et-la-fin-de-lordre-mondial-occidental-entretien-du-professeur-osamu-nishitani-avec-stephane-rozes/?fbclid=IwRlRTSAQO0zRleHRuA2FlbQIxMQBzcnRjBmFwcF9pZA8xNzM4NDc2NDI2NzAzNzAAAR68IA9V0DNiKm6UnNCR_gxWBsjgiubfl3yZfp4_sbI2KtoGeksriH4SR2tHIA_aem_wVkRq04pc6CXKERbafASCQ
Stephane Rozes―オサム・ニシタニ教授、Nouvelle Revue politique としては、今日の国際状況、アメリカに由来して起こっていることについて、貴重な光を投げかけていただいたことに感謝しています。あなたは日本の知的風景の中で、独自の重要な位置を占めておられますが、あなたの考えはどんなふうに形成されたのですか?
N――はじめに断っておけば、私は国際政治や国際関係の専門家ではありません。
私の出発点はジョルジュ・バタイユ研究です。彼はさまざまな意味で西洋的思考の極北まで行き、その極点を「インポッシブル」と表現した人です。そして西洋を呑み込んだ世界戦争のさなかで、「私自身が戦争だ」という意識で『内的体験』を書きました。私の仕事はそれ以来、この世界の破局としての「戦争」とは何だったのか、それは現実的にはどのように起こったのか、その歴史的かつ存在論的な意味は何だったのか?また、それが「歴史の終り」として意味づけられるのならば「世界史」とは何だったのか?等々を問い詰めてきました。
その過程で「西洋」というものがある時点からの制度的な構築物であるというピエール・ルジャンドルの思考に出会いました。彼は「制度性」ということで主体と社会とが相互形成されることや、信仰と法そして権力や経済活動がどのように西洋という規範的構築物のなかで分節・複合化されてきたのかを示しました。
私はまず「世界戦争」の歴史的かつ存在論的な考察から始めました。そして「世界史の終り」というときの「世界史」について。現代を「世界史の臨界」として捉えたからです。ただ、私が日本語話者であるため、そして日本が一九世紀半ば以来ずっと「西洋化」を果たしてきたため、翻訳を通していつも「西洋の他者」ということを意識させられます。そのため西洋由来の概念についてつねに解釈学的立場をとらざるをえません。それが私が名辞にこだわる理由でしょう。「西洋」という語や、「アメリカ」という名辞のあり方について。とくに名前の創設作用というか、西洋的「名づけ」における「権利」との関係について。
たとえば、「アメリカ」という名は誰がつけて、どう機能したのか?地図に書き込まれてそれは西洋では自明のものになるが、名づけられた地に生きている人たちにとってはどう作用したのか。そしてそれは世界的に通用するようになったのはなぜなのか、云々。
というわけですから、私の仕事は日本でもアティピックなものです。ただ、それなりのインパクトはあると思っています。「アメリカ論」も注目されるにはされましたが、日本はご存知のように、戦後は知的にも圧倒的なアメリカの影響下にあるし、現代はあらゆる情報がたちまちデジタル情報の濁流に呑まれてゆくので、慧眼の士をのぞいては、広く影響を持っているとは言えないでしょう。
幸い、フランスにはモンテーニュやモンスキューといった、他者の眼差しを受けとめる知的伝統があります。アメリカを扱った私の著作がフランスに紹介されたのは、それに注目してくれた人がいたからです。その後、アラビア語やスペイン語への翻訳の話もありましたが、このデジタル・コミュニケーション――つまり反読書・反省省略――の時代にはなかなか実現しません。
SR:近年では「西洋」と「グローバル・サウス」との対立が云々されますが、その味方に付いては同意されますか?だとしたらその深い性格はどんなものでしょう?
N:その問いに答えるには、この対立が何を指しているのか、どうして対立項になるのかを考えておかねばなりません。西側というのは西洋先進国ですね。そしてサウスというのはかつて西洋諸国の植民地だった南の国々です。
現在の国際秩序の元を作ったのは西洋だということは確認しておく必要があるでしょう。というより国際(国家間)秩序というものは西洋でできました。いわゆるウェストファリア体制ですが、その拡大が国連秩序にまでいたる現在の世界の状況を作り出しました。「グローバル・サウス」というのは、自分たちの作ったものではないこの体制の中で、それぞれの困難を抱えながら自立をめざす地域です。そう考えると西洋とグローバル・サウスの対立とは何を意味するのでしょう。
結論から言ってしまえば、このような対立が想定されるのは、西洋の主導性が試練にさらされている(西側の好みの表現を使えば「挑戦を受けている」)ということの現れでしょう。これは初めてのことではなく、二度目の、そして決定的な時期なのだと思います。
最初の終りは「世界戦争」です(欧州大戦と世界戦争を一連のものとして考える――これを二十世紀の「三十年戦争」と表現する人もいます)。このころ盛んに「西洋の没落」が、あるいは哲学的には「世界の終末」が語られました。
その結果、二度と世界戦争が起こらないようにと国連体制が組まれ、ヨーロッパ由来の国家間秩序(ウェストファリア体制)は質を変えました。まず、各国の戦争する権利は大きく制約されました(原則、否定)。そして国際法体制は西洋外にも拡張され、旧植民地から独立する国々も主権国家として組み込まれるようになりました。それと同時に、諸国家における人びとの基本的人権も認められるようになりました。戦争する国家が何人であれ人権を尊重しなければならないということが原則になったのです。
ただし、戦争禁止には例外規定があって、自衛のための戦争(「正当防衛」)は可とされたわけです。それはこの秩序が戦争によってもたらされた、つまり「戦勝国」秩序だったからです(事実上このとき、西洋の主導権はヨーロッパからアメリカ合州国に移りました)。
そして、世界はすぐに米ソの冷戦情況に入って、全体が二つの陣営で対立し始めました。けれども、冷戦下で独立したアジア・アフリカの多くの国々は、両陣営に組み込まれるのを嫌って、アジア・アフリカ諸国会議に集いました(1955年のバンドン会議)。そこに、合州国の「裏庭」として「北の巨人」の支配を受けていたラテンアメリカ諸国も加わり、「非同盟諸国会議」が作られます。それが「第三世界」と呼ばれました。この国々の意向が、国連体制のなかでしばしば米ソ両国のイデオロギー的意図を阻害するようになります。
けれども、かつて「西洋の世界化」のプロセスで植民地支配を受けてきて、なおかつヨーロッパの課した統治区分に従って国作りをしなければならなかったこの国々は、基本的に脆弱で貧しく、普遍化した(ポスト西洋的な)国際法秩序の保護なしには存続しえません。内部の脆弱さもありますが、独立後もさまざまなかたちでポスト植民地主義的な支配を受けるわけです。だから、その後も、真に国際法秩序を必要とし、それに守られるがゆえにそれを支えようとするのは、この非同盟諸国の集まりだと言うことができます。
ソ連の力が衰え、冷戦後も見えてくるようになると、西側先進国はG7を結成して、グローバル化世界の運営をリードしようとします。けれどもこれは同盟関係を前提としています。「西側的価値」を共有しないと加われません。こうしてソ連崩壊後も、欧米は対ソ同盟であるNATOを解消しませんでした。そのG7の国々は国際法を都合よく解釈・運用するし、何より「西側」以外の国々をつねに「潜在敵」として警戒し牽制しようとします。ロシアや中国はつねに「西洋優位」を脅かすものとして警戒されており、西側はその対抗のために、その他の「南」の国々を「グローバルサウス」とまとめて、あたかも指導・管理の対象であるかのように扱っているのです。
あなたのご質問に戻れば、いまはたしかに「西洋とグローバル・サウス」とが対立するフェーズにあるように見えます。しかしそれは、以上のようなことなのではないでしょうか。
SR:あなたによれば、アメリカ合州国とヨーロッパ(EU)の根本的違いとはどういうものでしょう。
N:重要なご質問だと思います。わたしはその質問に対して本質主義的な議論はしません。制度論的に答えてみたいと思います。
アメリカも近代ヨーロッパも「オクシデント(西洋=西側)」という出自を共有しています。けれども、オクシデントの世界展開(海外進出)の過程で、アメリカはヨーロッパから離脱する「別世界」として形成されました(ただし、これは北米のUSAのことです)。ヨーロッパ諸国はアフリカ・アジアの国々を領有し支配し、本国の産業経済システムの末端にそれを統合してゆきます。一七世紀にヨーロッパはウェストファリア体制を作りました。これが主権国家間の相互承認体制、国際法秩序です。この体制をもとにキリスト教諸国家の域外拡張として非ヨーロッパ地域は統合されてゆきます。(その姿勢が一般には帝国主義と呼ばれますね)。
ところが北アメリカには、その「ヨーロッパ公法秩序」内に存在の場をもてなかった「ピューリタン」たちが、「信仰の自由な地」を求めて大西洋の彼方に「脱出」し移住します。そしてそこに、初代ニューイングランド総督の言葉を借りれば、「新しいイスラエル」を作り出したのです。
そこはローマ法にしたがって「無主の地」とみなされ、開拓した入植者たちの所有地になりました(労働が所有の起源というロックの説)。現地の先住民には「土地所有」の観念がなかったので、彼らは外からの到来者を拒みませんでしたが、入植者たちは土地の所有権を盾に先住者たちを追い出したのです。それ以降、土地の権利をもつ「アメリカ人」と、彼らに「インディアン」と呼ばれた先住民たちの抗争が続きます。そして約二世紀かかって、大地のすべてが「アメリカ人」の所有する不動産となる。つまり彼らの資産となって、「生きる土地を返せ」という先住民たちの要求は、無権利者のつまり無法者たちの反抗として制圧され、その存在は抹消されてゆきます。その結果「解放された」世界が、所有者たちの権利を守る「政府」を作ることで「自由の国」アメリカになったわけです。
そこで注目されるのは、アメリカ植民地諸州は、イギリス国王の勅許を受けた民間会社、それも株式会社による事業として開拓・建設されたことです。入植者はその会社の株主です。国王の勅許は土地取得から、開発事業、そこでの行政組織の整備まで、すべてにわたる権利を含んでいました。いわば植民事業の民間委託ですね。そうして作られたステートが、国王の権限(徴税権)を嫌って、委託契約を破棄して「自立する」、それがアメリカ・ステートの英王国からの「独立」でした。つまり民間統治経営ステートがそれを規制する外部権力を排除して独立したということです。私的所有権に基づく自由経済(決定審級として株主総会がある)ステートがその自立性を確立したわけです。このときステートは13ありましたが、まとまって連邦政府を作りました。それはいわば独立のために「武装した持ち株会社」のようなものですね。
アメリカとヨーロッパの基本的な違いはこの点にあります(征服領土国家と民間開発会社の連合)。アメリカがヨーロッパから離反したのもそのためです。
ヨーロッパ諸国はもともとゲルマンの征服王朝由来で、それが領土分割線を挟んで互いに争い合い、そこに「秩序」をもたらすために主権国家形態をもとにした「戦争と平和の法」としての国際法秩序を作りました。それがウェストファリア体制です。
ところがアメリカでは、領土のせめぎ合いなどありません。広大な大地は「自由取得」の対象で、先住民という障害を取り除けば、すべてが(土地に付随するあらゆるもの)所有権システムのもとで自由処分を推奨される資産に、そして資源になります。
だからアメリカ合州国は、その独立に刺激されてラテンアメリカ諸国がスペインの帝国支配から独立するときに、モンロー教書を発して、ヨーロッパに対して三行半を突きつけたのです。「自由の新世界アメリカに手を出すな」と。新世界アメリカは、領土争いと戦争に明け暮れる古いヨーロッパとは違うのだ、と。
SR:それは新自由主義をめぐる議論を思い起こさせますね。(付加)
N:その通りだと思います。ふつう新自由主義というのは、国家主導の景気政策を動力とするケインズ主義に対抗して登場し、経済のグロ―バル化で標準的になった市場原理主義だと考えられていますが、じつはこれは「新世界」形成のときの社会形成原理だったのではないでしょうか。
つまり、私権を拘束する政治権力(国王)を排除する、規制はするな、あらゆるものは自由に商品化され、市場がその良し悪しを決定する、それによって社会は最適化されるから、政策もなにも市場の自由に委ねよ、と。
これが、植民地諸州の経営原理で、その持ち株会社としてのアメリカ合州国の主張ですよね。そのときの「外的規制」というのが、ヨーロッパの主権国家体制であり、「国際法秩序」だったわけです。だからアメリカはそこから離脱する。
ただし、アメリカは第一次大戦後、崩壊しかけたヨーロッパに戻る、というよりそれを管理するために世界統治に関与するようになりました。それと同時に世界経済の中で「大恐慌」に見舞われ、それ以来ケインズ主義政策(市場への政治の介入)を取らざるをえなくなりました。国内的には失業対策を、国際的には軍事を含む支援政策を展開するわけです。冷戦下では東西対立もあって、その関与が深くなりました。そのためにベトナム戦争のころには国家財政が極度に悪化し、肥大化した「公共事業(戦争を含む)」をしだいに「民営化」するようになりました。その手始めは「兵役の民営化」(徴兵制の廃止)であり、ついで「軍事の民営化」(民間軍事会社)です。そして冷戦後の市場一元化の時期には、「国家か市場か」が論じられるほどに、民営セクター、つまりグローバル企業が世界経営(ガバナンス)の大きなアクターになります。それは一般には、経済のグローバル化に伴う新自由主義の規範化というふうに言われますが、なんのことはない、これは冷戦後の世界の「アメリカ化」に伴う「経済外的(政府)権力」の排除だったのではないでしょうか。
SR:その観点からすると、第二次トランプ政権とは何なのでしょう?
合州国は第一次大戦でヨーロッバに派兵するとき、国内の反対を説得するために強力なイデオロギーを必要としました。「戦争のヨーロッパにアメリカの民主主義を」、というものです。アメリカの新しい民主主義(経済原理主義)が古いヨーロッパを救うというわけですね。
ウェストファリア体制のもとでの戦争は没イデオロギー的だったのですが(宗教は棚上げ)、アメリカは海外派兵するためにイデオロギーを必要とし、それ以後、アメリカの戦争はつねにイデオロギーを掲げるようになります。第二次大戦後の米ソ対立は文字通りイデオロギー戦争でした。諸国家の利権をめぐってせめぎ合うというより、社会形成の原理が対立の原因になったりました(私的所有権にもとずく自由を原理とする社会と、私的所有を排した国家管理の社会)。
社会主義圏の崩壊で冷戦が終わると今度は、グローバル化した世界に無秩序をもちこむ危険な異物がいる(アラブ・イスラーム圏に)、ということでアメリカはその敵を「テロリスト」と名指して「テロとの戦争」を始めます。これはそれまでの戦争と違って、国家間関係を超えたものとされています(ラムズフェルドは「ウェストファリア体制はもう古い」と公言しました)。そして「テロリスト」とは、人権の埒外に置かれた、存在を認められない、つまり「殺してもよい」とされた非人間のカテゴリーです。(これによって、第二次大戦後に確立されたはずの、国際法も、普遍的人権の理念も無効にされました)。
このグローバル規模の戦争体制は、アメリカによる世界の管理体制だったのです。けれども、主要先進国(とりわけ西側)が協力したとはいえ、アメリカにとって過剰な負担になっただけでなく、かえって無秩序を拡大して収拾のつかない混乱を引き起こしました。そこで、アメリカ合州国は、自己の負担を軽減するために再び国際関係(国家間秩序)を利用するようになります。それが「新冷戦」ともささやかれた、バイデン政権の打ち出した「民主主義国vs.権威主義国」という図式です。これが最新のイデオロギーで、中国の否定しがたい台頭があって、それを脅威とみなす西側(欧米および日本)諸国にも共有されていました。
そこにトランプ大統領が登場したわけです。彼は「アメリカ・ファースト」を掲げますが、それは単なるアメリカのナショナルなエゴイズムを表明するものではありません。アメリカはもうヨーロッパのために世界秩序の管理などしない、本来のモンロー主義、つまり「自由の西半球」の盟主にもどるということです。
その意味では、いま世界に起こっている変化は100年規模のものです。しかしそれはたんに世界が強力な国(帝国)の抗争のアリーナに戻ったということではないでしょう。かつて国際法秩序の外に出てできた国(例外国家)が、再びその「例外性」を主張するようになったということです。もはやイデオロギーや同盟関係はアメリカにとってはお荷物でしかない。だから、「先住民抹消のうえに自由の国を作る」という、同じ国家原理をもつイスラエルに関しては、誰が何と言おうと後押しし、中東をコントロール下に置かせます。そして自分は、EU諸国(NATO)を逆なでしながらグリーンランドは領有すると公言し、パナマ運河も自分のものだし、ベネズエラやキューバは「当然アメリカに属するものだから、その資源も何も自分のもの」と主張します。強盗無法国家の面目躍如です。ベネズエラに関して、西側諸国はマドゥロ政権が独裁抑圧体制だという理由で、国内の「民主派」を支持し、経済制裁にも参加してきましたが、トランプは「民主主義」など関係ない。自分のものだった石油を取り戻すのだ、とあけすけに公言します。イデオロギーなどクソくらえというわけです。
けれどもこれが重大な国際法秩序の無視であり蹂躙であることは明らかなのに、EU諸国はほとんどこれを座視するばかりか、マドゥロは弾圧体制を敷いていたのだから、これでベネズエラも民主主義国になるだろうとばかり、追認する状況です。国連安保理会合の始めにジェフリー・サックスが、この会議のテーマはアメリカのあからさまな国際法違反であって、マドゥロ政権の性格云々ではないと言いましたが、それが効果をもったという話は聞きません。そして今では、キューバが深刻な「人道危機」にさらされています。それに対してアメリカの不当を非難しキューバに支援の手を差し伸べようとするのは、メキシコのシェインバウム大統領ぐらいです。国際法秩序の元祖、ヨーロッパは何をしてるのでしょう。
今まで同盟国だと信じていたアメリカに手のひらを返されて収拾狼狽、何とかアメリカを繋ぎとめようと、その乱暴狼藉に文句ひとつ言えません(最近多少言うようになりましたが)。
第一次と第二次のトランプ政権の違いは、第一次では国家機構によって邪魔された私権の行使を、第二次ではその障害を人事で取り除いたということだと思います。それによって、私権と公的職務との区別がなくなったのです。個人の「狂気」(公私の無差別化)が国家の「狂気」になったということですね。
SR:あなたは現在のヨーロッパあるいはフランスの状況をどのようにお考えでしょう。
ヨーロッパについて、あるいはフランスについて、私が述べる立場にはないと思います。その代わりに、日本の状況について少しお話ししたいと思います。
日本はこの激変の中で、悲喜劇的な情況をさらしています。日本は非戦憲法をもつことで、戦後の国際秩序(国連体制)に迎え入れられました。しかし冷戦下のアメリカは日本を対ソ連・対中国の防波堤として使うため、日本に再軍備を許可し、世論を醸成するため戦前の勢力の復活を許しました。それによって戦前からの「反中」姿勢を促されたのです。
日本政府はつねに「日米同盟」のもとで世界的役割を果たす、と強調してきました。今の女性首相は米軍艦に乗ってトランプの隣で飛び上がり、「日米同盟の高みで輝く」とアピールします(誰に向かって?)。そして「台湾有事」では日本軍が介入する、とまで国会で発言します。この首相の哀しいところは、「日米同盟」などと日本がいくら強調しても、アメリカの外交政策全般のなかではそれがごく一部でしかないということがわかっていないこと、それに日本がどれだけ軍事力をそろえても、戦争事態かどうかを決める権限は日本にはないということ、さらにアメリカが戦争事態だと認定したときには、日本軍は米軍指揮下に編入されるということ、つまり日米安保条約が完全な従属契約であることさえ分かっていないのです。
日本は原爆を受けて降伏した敗戦国です。軍備を備えることを許されるとしたら、日米安全保障条約(および地位協定)にしたがって、主要兵器はアメリカから買い、かつ軍が動くときには米軍指揮下に入るということが条件なのです。
いま日本では多くの人びとが、戦争ができないような国は主権国家ではない、もっと言えば、中国を怖れているようでは自立国家でないと考えているようですが、日本はアメリカの許可なしには、あるいはアメリカの一部隊としてしか戦争はできないというのが実情です。
日本がこのグローバル化した世界で、ほんとうに自立性・独立性を確保しようとするなら、頼るものは国際法秩序と「諸国家の信義」しかありません。ただしその国際法秩序とは、冒頭にふれたような「脱西洋化」した法秩序のはずです。日本は近年、「西側と価値を同じくする」ことを主張し、EU・NATOに参加する意向を隠しませんが、それはまったくの歴史的錯覚というものです。むしろ日本は、西洋の世界化という大きな歴史的プロセスのなかで特有の位置取りをとって「発展」した国ですが、戦後の、そして冷戦後には無条件になるアメリカへの隷従姿勢のなかで、その発展の遺産をすべてすり潰してしまい、その経験のもとで、むしろ非同盟諸国とのつながりを作るのがその役割だと思います。
ヨーロッパについて、あるいはフランスについて、私が述べる立場にはないと思いますが、それでも言うとしたら、現在がアメリカの離反によって「西洋」が崩壊した「西洋的世界秩序の終焉」のときであることを自覚し、かつ世界の中心であるという意識を捨てて、他者との競争や戦争だけが基本という姿勢も捨てて、ヨーロッパがロシアにも中国にも開かれた公正な国際法秩序の軸になる地域として役割を見いだすべきだと思います。
要するに、その点では私の立場はいわゆるアルテル・モンディアリストと親和的かと思います。
https://nouvellerevuepolitique.fr/le-trumpisme-et-la-fin-de-lordre-mondial-occidental-entretien-du-professeur-osamu-nishitani-avec-stephane-rozes/?fbclid=IwRlRTSAQO0zRleHRuA2FlbQIxMQBzcnRjBmFwcF9pZA8xNzM4NDc2NDI2NzAzNzAAAR68IA9V0DNiKm6UnNCR_gxWBsjgiubfl3yZfp4_sbI2KtoGeksriH4SR2tHIA_aem_wVkRq04pc6CXKERbafASCQ
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