桜吹雪とともに降る「怪しい」元号について2019/03/29

 「一世一元制」と言われる制度がある。一世とは、ひとりの王の君臨する世(時代)ということだ。それを区切ってひとつの名で呼ぶ、それを制度としたのが一世一元制だ。だが、これは単なる法制度ではない。

 法律としては一九七九年に成立した「元号法」がある。しかしこれには「元号は政令で定める」ことと「皇位継承があった場合にのみ定める」としか書いてない。この法律は元号があることをあらかじめ前提としている。それは「しきたり」(=繰り返ししてきたこと)とされるものを実定法に書き込んだ。それだけがこの元号法の役割である。すると元号に法的根拠があることになる。それをもとに、議会も通さない「蚊帳の中」で政府(政権)によって元号が定められ、天から降ってきたかのように政府から発表され、あとは官公庁から率先して使用し(公式書類等にはこの元号を記すことが求められる)、お上に従う形で社会的に使用されることになる。しかしこの法律には、元号が何であり、誰がどういう手続きで決め、決まったものに強制力があるのかどうか等に関しては一切の規定がない。にもかかわらず、われわれは「平成」の三十年間、この元号使用をなかば強制されてきた。使うことに「なっている」という事態が作られたのだ。

 だからわれわれはいつも手帳の後ろの換算表をたどりながら、二つの時を数え直さなければならない。いわゆる国際化した現代の社会生活では西暦が欠かせないのに、この国の「しきたり」では元号を使うことになっている。つまり、この国にはよそとは違う「別の時間」、それも天皇の一代で区切られる特別の時間があるのだとされる。それがこの「元号法」の法文外的な効果である。

 この法律は民主制の抜け穴を穿つものであり、元号がこの国・この社会に生きる者たちにとって、「しきたり」として天から降ってくるように作られ使われるということを、法体系のうちに書き込んだ。「元号を定めて公用する」とする法律ではなく、元号はすでに存在するものとして、天皇の代替わりで切り替えることだけを定めている。

 だから元号法は、明治改元のときの太政官令と同様の性質をもつ。日本で一世一元制が採られたのはこの時が初めで、誰がどう決めたのかはまったく問われていない。しかし、国家的な布告として作用し、それが「近代日本」の決まりごとになった。それ以前もこの国では、時を数えるのに中国伝来の元号を用いていたが(「大化」以来)、それは天変地異やいわゆる「世」の趨勢に応じて改元されてきた。世≒時を改めるというわけである。ただしその節目は、人ではなく「世」に応じてきた。それを、天皇の一代に重ねるというのは、「世」を天皇に結びつけることだ。幕末移行期の権力者たちは、天皇を西洋型の主権者にするために、「世」を天皇の生身の存在に結びつけるという、実に中世的な工夫をしたわけである。ちなみに、本家の中国では、明代から一世一元になっていたが、元号そのものが辛亥革命で廃止され、以後は西暦を用いている(その意味では中国の方が「国際規準」に沿っている)。

 ただし、それを決めたのはもちろん天皇(明治天皇)ではない。天皇を掲げて「王政復古」の新政府を作ろうとしたいわゆる廷臣たちである。その廷臣たちの権力行使を覆う「すだれ」(ブラックホックス)が帝(みかど)だということだ。天皇はそのように使われ作られる。それは最初に元号を定めた「大化の改新」以来変わらない。中大兄皇子は中臣(藤原)鎌足と組んで、自らは長く天皇にならずに代わりの天皇を立て、天皇主軸の律令制改革をやった。晩年には即位したが、その後を壬申の乱を経て天武が継ぎ、鎌足の子不比等が「古事記」「日本書紀」を国史として作らせ、天皇統治の正統性の基礎を編み上げると、以後藤原氏が実権を振るうという体制ができた。要するに、統治権力が掲げる御旗あるいは隠れ蓑が天皇なのである。いわゆる天皇制の実質はこの構造であり、そこでは天皇が主体であった時期はほとんどない(だから権力者の意に沿わない天皇は斥けられる)。

 しかし、日本が近代国家になろうとするとき、この構造が活用され、それを天から降ってきた「しきたり」として社会を超法律的かつ超政治的に拘束する枠組みとして、代ごとの天皇の現存に「世」を重ねるという「一世一元」が制度化されたのである。この仕組みは「開国」によって「世界の荒波」のなかに漕ぎ出ることになった日本に、内にしか通用しない時間(歴史)意識の枠を確保することになり(世界時間の中の繭のように――繭は日本の特産物だった)、天皇の身体に重ねられた時間は、日本のナショナリズム形成の強力なベースとなった。それがやがて「神国日本」や「臣民の道」、あるいは「国体思想」といった「超国家主義」的なイデオロギーを育ててゆくことになるが、その破綻を画したのがアジア太平洋戦争での「敗戦」だった。

 「敗戦」で天皇制国家は事実上破綻したのだが、権力のブラックボックスと戦勝国アメリカとの「協働」によって、天皇は退位せず「人間」にコンバートして(そのことに三島由紀夫はのちに激越な呪詛をぶつけた)、「昭和の御代」はそのまま継続することになった。しかし元号は法的根拠を失った(詳細は他所にゆずる)。そのことを危惧し、昭和も50年を数えるに至ったころ、元号法制定に動きその運動を担ったのは、現・日本会議に連なる人脈である。

 しかしこの法制定は功を奏し、多少の議論はあったものの「平成」改元は「滞りなく」果たされたばかりか、元号は法律に定められているということで使用が「推奨」され、事実上強制され、また「お上への忖度」によって常用され、いまでは「日本固有の慣習・美風」だからいいんじゃないの、とばかり、フェイク安倍政権の下にあってさえ「改元」は、「安」の字だけは避けてほしいとか言われながらも、「桜の季節が廻りくる」かのように誰もが蓆をしいて酒盛りの用意をしながら待っている。

  来年の盛大な酒盛り(できるかどうかわからないが)東京オリンピックでも、2020年と言わないと通用しない。次は何かと、昔の家の新築時にたてまえ祝に梁から投げられる餅を拾おうとするかのように、あんぐり口を空けて次の元号は何か、などとエイプリルフールのお告げを待つのではなく、ほんとうなら今、元号廃止こそが検討されるべきだろう。ところがメディアにも、とんとそんな気配はない。桜の花の下で予測に興じるだけで、報道の自由なんて何のこと、といった風情だ。元号はいまや日本の社会に内向き意識を作ることにしか役立っていない。もっと言えば、ともかく日本を愚かな国にして、自分たちが好き勝手に統治したいと思う者たちだけが元号を更新し、「シキタリ」で縛る社会に逆戻りさせようとしている。明治に作られ、戦争で一度破綻して、裏口から戻ってきたような制度である。本家の中国でも、元号を止めてそのためにダメになったという話は聞かない。評判の良し悪しはあるが、21世紀世界の一大企画になっている(世界に与える影響が決定的に大きい)「一帯一路」、国境や国々をぶち抜きで経済社会圏を拡張しようとするこの政策・理念も、元号の確保する内向き構造を棄てたから可能になったわけである。(続く)

[追記]
 新元号が「決まった」4月1日、外務省は原則として和暦ではなく西暦を使う方向で検討している、と幹部が明言したという(朝日新聞デジタル)。そう、とくに外務省では不都合は明らかだからだ(つまり元号はひたすら内向きのため)。この「言明」は撤回されるだろうか?
 元号があってもいい。この国では昔は時間をこうやって刻んだんだよ、古い慣習いいじゃない、と好きな人が趣味で使えばいい。和服を着るのと同じだ。観光資源にもなるかもしれない。元号が問題になるのは、それが法的根拠もないまま、事実上使用を強制されるからだ。そしてその「慣習」に従わないと排除される(役所に出す書類が受け付けられない)。そのうえ最近では、そんな押しつけを批判すると「反日」だと言われる。「あんな人たち」と指さされるのだ。つまり「麗しき伝統」の元号は社会的排除の「踏み絵」にされている。元号の問題はひとえにそこにある。

原爆開発・使用と科学者の役割2018/08/14

 8月12日、BS1スペシャル『「悪魔の兵器」はこうして誕生した~原爆、科学者たちの心の闇』は、原爆開発投下を今までにない視点から検証して興味深かった。というより、現代の科学技術と科学者のあり方を考えるうえできわめて重要な事情を明らかにしていた。
 
 日本でも一昨年来(2016年~)の日本学術会議の「軍事研究」をめぐる議論の高まりがあり、池内了さんを始めとする「軍学共同」の流れに抗議する学者団体の活動もある。
 
 これまで原爆投下の問題は、政治的決定や軍事的必要等の観点からさまざまに論じられてきた。日本の降伏が時間の問題となっている段階で、なぜアメリカは原爆を投下したのか。ルーズベルト→トルーマンが戦後のソ連との対立を見越して米の軍事的優位を誇示するためだったとか、いつまでも降伏しない日本に戦争終結を受け容れさせ、余分な犠牲を避けるためだったとか。

 もちろん、最終決定は大統領(政府)によるものだし、実行するのは軍である。しかし両者が科学技術の最先端に通じているわけではない。そもそも原爆開発は、科学者の提言によるものだったし、開発プロジェクトを担ったのは科学者の組織と集団だった。それが政治家と軍を動かしたのである。しかしこの番組は、原爆投下(ヒロシマ・ナガサキの惨禍)に科学者たち自身が決定的な役割を演じてきたことを、原爆開発チーム・メンバーの証言映像の発見を契機にして描き出した。
 
 ナチス・ドイツからの亡命科学者レオ・シラードがアインシュタインを動かしてルーズベルト大統領に書簡を出し、近年研究された核分裂現象が新次元の兵器を可能にするとして、ドイツがそれを開発する前にアメリカが開発しなければならないと進言したのが(39年)、1942年秋に始まるマンハッタン計画のきっかけとなった。それがなければ、原爆開発はなかったのである。科学技術の最新動向に政治家が通じているわけではなく、また戦争の危機のなかで、科学の最新成果の軍事利用をすぐに考えた(恐れた)のも科学者だったのだ。
 
 それに、20世紀に入って科学技術の研究開発はその規模を拡大し、多額の資金を必要とするようになっていた。第一次世界大戦で現出した「総力戦」状況の中で、自分たちはもっと役に立つのに、と地団太踏んでいたのもまた科学者たちのようだった。そんな中で、科学技術の発展のために、軍事に貢献して国家予算を獲得しなければならないと考える学者も出てくる。
 アメリカではそれが、MIT副学長からカーネギー研究機構の総長となり、政府の非公式な科学顧問となったヴァネーヴァー・ブッシュ(1890~1974)だった。彼は大恐慌(29)以後科学研究費が削られることを憂慮して、ヨーロッパで戦争が始まるとアメリカ国防研究委員会(NDRC)を設立して議長となり(40)、翌年には大統領直属の科学研究開発局の局長となる。秘密裏に決定されたマンハッタン計画を仕切るのはこの部局だ。
 
 議会にも連合国にも秘密にされたこの計画のもと、20ほどの研究施設のネットワークの中核に、後のソ連の秘密都市のようにニューメキシコのロスアラモスに広大な研究施設が作られ、若い有能な科学技術者が各所から集められ(2000人規模)、戦時中では考えられないほどの厚遇を受けて集団的な研究開発を行う。戦争の終結前にともかく原子爆弾を開発するというのが至上命令だったが、多くの科学者は全体目的も知らないまま、この厚遇のなかで担当箇所の研究開発に没頭するのである。
 
 ノーベル賞級の科学者を中核とするその計画の統括を任されたのがロバート・オッペンハイマーだった。計画着手は42年9月だったが、翌年6月には軍の報告から、ドイツが実現性を疑って原爆開発をしていないことが明かになる。そこで一部の科学者は、戦争中の開発の必要性に疑問をもち(いずれにしても未曾有の破壊兵器である)、計画遂行をめぐる討論会を開こうとしたが、オッペンハイマーが介入し、この兵器は戦争することを断念させるだろうから、戦争を起こさせないために開発するのだと、原爆の新たな必要性を強調したという。秘密の国家事業であるこの計画から身を引くことは、科学者の将来を危ぶめることだろうというので、ここで辞退した科学者はいなかったという。
 
 そして45年7月16日、ルーズベルトの死去を受けて大統領となり、ヤルタ会談に出ていたトルーマンのもとに、実験成功の知らせが届く。アラモゴードの実験場では、まばゆい閃光と爆風そして巨大なきのこ雲を遠巻きにして、科学者たちが恐怖混じりの感動と熱狂に包まれていた。その日以来、オッペンハイマーは偉業を達成したある充足感のようなもので別次元の存在のようだったと、弟のフランクが回想している。
 
 5月にヒトラーは自殺して計画当初の敵はいなくなり、戦争を続けているのは日本だけだったから、原爆を使う対象は日本になる。その破滅的な威力を見て、レオ・シラード等は、実際に投下するのではなく、効果を見せて降伏を迫ればよいと、トルーマンに進言するが、オッペンハイマーは予告なしでこの兵器の威力を見なければ意味がないと主張していたという。
 
 トルーマンが世界に向けて高らかに宣言したように、科学技術の成果が戦争に勝利をもたらしたのであり、この成果によって、以後、科学技術は国家にとって最も枢要な位置を占めることになる。それが20世紀後半以降の科学技術の地位を決めたのだ。
 
 しかしそれは国家を導く地位ではなく、国家に従属する地位であり、戦後アメリカは核開発を推進するために新たな機構を設置する。しかし、オッペンハイマーは折から起こったレッド・パージに引っかかり、国家英雄から一転して赤いスパイとみなされて公職を追放される。それがオッペンハイマーの改悛の契機となるが、われわれがよく知っているのは以後の彼の姿だったのである。

 この調査番組が明らかにするのは、原爆投下を引き起こしたマンハッタン計画という秘密国家事業に関して、科学者はたんに使われたのではなく、むしろ科学技術の発展のためとして積極的な役割を果たしていたということ、科学技術の研究開発が国家予算の獲得と結びつき、科学者の集団やそのリーダーが予算獲得のためにみずから軍事貢献を提言し、科学技術開発の成果に何の疑惧もなく、異常なまでに破壊的な兵器開発に邁進したのだということ、そしてそれが未曾有の大量破壊兵器であり、その兵器が実際に使用されたとしたらどんな地獄が現出されるのか、まったく想像もしてみなかったということである。

 そのうえ、科学技術は以後、文明発展の原動力と見なされ、現在もっている社会的影響力を十分に享受するようになった。また、ヒロシマやナガサキの惨禍を見てもなお、その使用の責任を政治家や軍に負わせ、科学者たち自身は、このような重大で危険な兵器を、感情や個人的利害に身を任せて判断を誤る政治家たちに委ねないために、最も合理的な判断を引き出す人工知能を開発するといった、無責任ぶりに無自覚である。
 
 いまや科学技術は、人間の役に立つ道具のレヴェルにとどまってはおらず、その使用効果は技術を制禦しているつもりの人間のコントロールをはるかに超えている。オッペンハイマーたちが、原爆実験を行いながら、それを現実に使用したら、たとえ敵国とはいえ人間の世界にどんな惨劇が現出するのか、ほとんど考え及ばなかったらしいことも、科学技術的知性の盲目性を証している。
 
 科学技術は人間に新たな可能性を開くニュートラルな成果であって、その使用の是非は関与する者たちの倫理性に委ねられている、というのは実は科学者たちの欺瞞であって、科学者たちこそが、自分の研究開発の成果が社会にもたらす結果について責任を持たなければならないだろう。「なす」のは科学者たちだからだ。そうでなければ科学者は、ついに欺瞞的な国家や市場の拡大の一エージェントに過ぎなくなるだろう。

2月4日沖縄・名護市長選の結果を受けて2018/02/05

名護市長選の結果が出た。二期務めた現職で辺野古基地反対の稲嶺進氏が、自民・公明・維新推薦の渡久地武豊氏に敗れた(16900対20400)。同時に行われた市議補選でも、オール沖縄で臨んだ安次冨浩氏がほぼ同差で落選した。

渡久地氏は、稲嶺市長のもとで地域振興が進まなかったことを批判、「変化」を訴えたとされる。ただし、辺野古新基地に関する姿勢は明らかにせず、行政訴訟に委ねるとして公開討論も避け続けた。

だがこの市長選挙が注目されたのは、そして安倍政権が全力を挙げて介入したのは、辺野古基地建設の障害を除くためだった。それは誰の目にも明らかなはず。そして追い落としたい稲嶺市長は基地反対でまとまる「オール沖縄」の候補、翁長県知事の盟友だ。

だから、争点は言わずもがな辺野古基地だが、自民・公明候補はそれを隠して地域振興だけを売りにした。稲嶺市長の下では名護の生活や経済はよくならなかったが、それは稲嶺市長が基地ばかりにこだわるからと。

ただ、選挙民も本当の課題が基地建設反対か推進かであるのは百も承知のはずだ。政府があからさまに、国の方針に協力しない自治体には交付金を出さないとか、受け容れ自治体にだけ報奨金のような資金を投入するということを、すでに実際にやっているし(名護市にではなく、頭越しに辺野古地区に資金交付している)、選挙中も政府与党関係者がそれをあからさまに言う。

その意味では、地域振興を訴えることは、じつは「争点隠し」にはなっていない。地域振興を進めるということが、交付金を引っ張ってくる、政府・政権の方針に協力し、見返りを得るということに他ならないからだ。けれども、この面だけを強調して、あたかもそれが市民生活のための行政だとして表に出す。だがその裏には、永続基地を抱えることになるという問題が隠される。

たしかに、目先のことだけ考えれば、基地を受け入れれば地域振興のための支援金は入る。施設は作れるし土建業周辺のセクターは仕事に潤う。しかし、基地依存では長期の安定的な地域づくりも豊かさも得られない。それは基地依存時代の沖縄全体が思い知ってきたことだだ(その経験が産業界も含めた「オール沖縄」のベースにもなっている)。

この選挙の光景は、原発立地地域でもよく見られたものだ。政府は交付金で原発(基地)を受け入れさせるが、原発(基地)依存では地域経済は自立の道を絶たれ、永久に依存するしかなくなるのだ。有名な高木元敦賀市長の言葉が思い起こされる。「30年後、50年後のことは知りませんよ、しかし今はやっておいた方が得ですよ、どんどんお金が落ちてきますから…」。

それでも、今回、名護は自民・公明系の候補を当選させた。政府の締付けを受ける稲嶺市政よりも、基地のことなど脇において地域振興を約束する新しい市長を選んだということだ (とはいえ、当確を告げられた渡久地氏は、喜びに湧く周囲をよそに、しばし緊張の面持ちを崩さなかったのはなぜだろうか)。とくに10代20代で渡久地支持が多かったという。渡久地氏の娘が高校の自治会役員で、18才に訴えたということもあったかもしれないが、いまは若者が一般に先の見透しを抱けず、目の前の現実だけが課題になるという、沖縄だけでない一般的状況が影を落としてもいるだろう。

政権は、これで辺野古基地工事が支持を得たというだろう。地元は歓迎していると。そしていわゆるネトウヨは、やっぱり基地反対派は本土から日当もらってやってきた反日派だと、さらなるデマを流すだろう。産経新聞も、それ見たことかと、沖縄二紙(琉球新報・沖縄タイムズ)の「偏向」をあげつらう。

有権者数5万の市長選、これだけテコ入れすれば負けはない、と政権は自信をもつだろう。動員含めた期日前投票も40パーセント超。選挙近くに米軍ヘリがばんばん落ちても、名護に落ちたわけじゃない(それに去年は「着水」だ)。反対運動は本土警察で弾圧し、お国は動かんぞという問答無用の姿勢を示して諦めさせたら、政権に身を売る口実を少し与えて、最後に選挙アイドル進次郎の投入、あとは「結局お金でしょ」と言えることになる。

辺野古漁港の座り込みはすでに5000日、キャンプ・シュワッブ前での座り込みももう1200日を超える。しかしこれが何の成果も生まないと、一方で「不撓不屈」と自賛しても、他所からは空しくも見える。翁長県政にしてもそうだ。何が起こっても政府は相手にせず、知事の怒りの表明もどこ吹く風、抗議の上京にも応えない。この理不尽な態度が、沖縄の怒りや抗議を空しくさせる。今度の選挙には、その傾きの一端が現れたと見ることもできる。

その意味では「オール沖縄」の翁長県政も「実績」を示してえていない。この構造を突き破る工夫が求められる。それがなければ、秋の県知事選は厳しい試練になるだろう。

「ポスト真実」が言われる時代、沖縄の「正義」や「大義」は「フェイク」というデマや中傷で中和され、その中で時の政権は、あからさまな力と金(交付金だけではなく、金は人も手段も動かせる)でその意図を押し通すことを恥じない。それは「義」を貫こうとする側にとってなかなかに厄介な状況だと言わざるをえない。沖縄でもっとも露骨に表れているとはいえ、これは現在の日本全体の重い課題でもある。


[追伸]「沖縄タイムズ」05日社説から

・「もう止められない」との諦めムードをつくり、米軍普天間飛行場の辺野古移設問題を争点から外し…

・勝利の最大の理由は、一にも二にも自民、公明、維新3党が協力体制を築き上げ、徹底した組織選挙を展開したことにある。

・菅義偉官房長官が名護を訪れ名護東道路の工事加速化を表明するなど、政府・与党幹部が入れ代わり立ち代わり応援に入り振興策をアピール。この選挙手法は「県政不況」という言葉を掲げ、稲嶺恵一氏が現職の大田昌秀氏を破った1998年の県知事選とよく似ている。

・前回…自主投票だった公明が、渡具知氏推薦に踏み切った。渡具知氏が辺野古移設について「国と県の裁判を注視したい」と賛否を明らかにしなかったのは、公明との関係を意識したからだろう。両者が交わした政策協定書には「日米地位協定の改定及び海兵隊の県外・国外への移転を求める」ことがはっきりと書かれている。安倍政権が強調する「辺野古唯一論」と、選挙公約である「県外・国外移転」は相反するものだ。

「最初は悲劇、二度めは茶番」2017/06/16

※共謀罪成立前に書いた未定稿で、遅いと言えば遅いけれど、基本認識は変わらないので今日、ここに挙げておきます。
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 国会会期末が迫り、共謀罪法案採決をめぐって与野党の攻防が緊迫している。
 安倍政権は2014年末の秘密保護法以来、集団的自衛権をめぐって閣議決定による憲法解釈変更、安保関連法制、自衛隊の南スーダン派遣、そして共謀罪法案と、日本の国のあり方を変えるような政策を次々に採ってきた。これはいわゆる「戦後レジームからの脱却」という安倍政治の具体化だが、そこであからさまになってゆくのは、目指すのがたんに「戦争のできる国」というだけでなく、民主主義や国民の主権を解消し、国家権力の圧倒的優位を確立する方策だということである。
 
 しかしそれだけではない。「最初は悲劇、二度めは茶番」だと言うが、まさに大日本帝国は破綻、無条件降伏で国民は多大な犠牲を強いられた。しかしいま強引に準備されている「二度め」は、明治以来の国家体制の形成ではなく、国民が権力にかしづく体制づくりによって、その国権を私物化する連中が初めから馬脚を現しているという事態である。
 
 森友学園、加計学園問題で露わになったのはそのことである。安倍政権は、自分の姿勢に共鳴しその名を冠した神道小学校を作ろうとした森友学園が、財務省から9億円相当の国有地をタダ同然で払下げを受けられるよう、また異例の認可が受けられるよう計らった。またアベノミクスの目玉とされた「経済特区」制度によって、「岩盤規制をドリルでこじ開け」て、地元自治体を巻き込んで「刎頸の友」(じつは親族)に合理性も展望もない「獣医学部」を新設させ、そこに数十億円の公費を流し込む算段を、文科省・総務省を巻き込んで工作した。そればかりか新たな疑惑も持ち上がっている。政権・首相官邸は白を切るが、加計学園には官邸出入りの人物やその家族が役職者に名を連ねており、これが仲間内の利益供与であることは明らかである。
 
 そればかりか、安倍よいしょ本を出版しようとしていた元TBSワシントン支局長が起こした準強姦事件を、官邸につながりのある警察官僚を使って「上から」逮捕状を取消し、不起訴処分にしたことも、被害者の告発で明らかになった。また、その警察官僚は、2年前TBSの報道番組コメンテーターが外されたとき、TBSに圧力をかけたのと同一人物であることも判明した。
 
 また、前文科次官前川氏の発言から、政府のさまざまな有識者会議から、官邸が意向に沿わない人物を外していることも明らかになった。そのうえ、政府は内部告発者を探して処分しようとしている(そう言ったのが、何と北星余市出身を売り物にして自民議員になった義家某だが、彼も雑巾がけをさせられているのかもしれない)。いま、官僚は国家・国民のために仕事をするのか、安倍の走狗となるのかが迫られている。
 
 この間に明らかになったのは、国民の国家への服従と献身を求める安倍のようなウヨク政治家が理想としているのは、国家権力が強化され、その権力を私物化して自分の妄想に国民を従わせる、そして仲間内で自由に国を引きまわせる、そんな体制だということだ。そんな体制に人びとがひれ伏す国を、無私の国民の「美しい国」と言っているわけだ。言いかえれば、日本ではウヨク国体思想とは、国家を私物化したい連中の隠れ蓑にすぎないということだ。これが「二度めは茶番」の茶番たるゆえんだ。
 
 北朝鮮の危機は現実ではないか?中国の脅威は?
 冗談はよしてほしい。北朝鮮は弱小国。それにミサイル見せつけるのはひたすらアメリカ向け。そして北朝鮮問題の直の当事国は韓国だ。朝鮮半島は日本の敗戦による「復光」の直後、始まった冷戦の煽りで約七〇年前に南北に別れて同じ民族同士が数百万の犠牲を出して戦い合ったのだ。そして分断されたまま、今でも分離線は挟んで対峙している。その両当事国を置いて話は進まないはずなのに、北朝鮮は世界の親玉アメリカに存在を認められずには存続できない。だから核武装国家になろうとする。そして存続が究極目的だから、暴発はできない。それが基本状況だ。

 日本など眼中にない。相手をしている余裕はない。ひたすらアメリカとの直接交渉を求めている(相手がトランプならチャンスがある。トランプも同じような手法の親玉だからだ)。だからミサイルが飛んでも韓国は騒がない。危険なのは暴発だが、それを防ぐには交渉しかないことを、韓国は十分わかっているからだ。北の暴発でまた何百万の犠牲を出し、何百万の難民を受け容れなければならないのは韓国だから。

 それなのに、安倍は国内向けに「北朝鮮危機」をひたすら煽る。国の軍事化に使えるからだ。安倍は拉致被害者のことなどもうまったく考えていない。国内に北朝鮮危険の世論を作ることに成功したから、もうどうでもいいのだ。実際、安倍政権ではこの問題は一歩も進んでいない。

 教育勅語を学校で教えて、国民に臣従を植え付け、このIT・サイバー戦争の時代に銃剣道でトツゲキ精神を教え、ミサイル攻撃に備えて防空頭巾の避難訓練をさせ、韓国が騒ぎ過ぎと苦言を言う中で東京の地下鉄を止めて「危ない」と思わせる。それが今の政権の「戦時」認識なのだ。そのくせ、NHKが「忖度」で北朝鮮ミサイル大騒ぎのキャンペーンをはっている間、当人は疑獄渦中の夫人同伴でGWの海外遊行。ばかばかしいにもほどがある。

 中国についてはまたにしよう。

ムハンマド戯画事件を想起する2015/01/11

 「シャルリ・エブド」襲撃を機に、「西側」の世界で「"表現の自由"に対する暴力」を糾弾する動きが高揚している。フランスだけで言えば、フランスの固有の価値、共和国理念が、この一点に集約され、右から左までの団結ないし連帯の軸として掲げられている。

 だが、今回の事件の深刻さの要所はそこだろうか?襲撃されたのは風刺紙本社だけではなく、警官とユダヤ人用商店も同時に攻撃された。要するに、何であれ「反イスラーム」とみなされたものが標的になっている。とくに目立っていたのが「シャルリ・エブド」だったということだ。

 だから今回の事件を「"表現の自由"に対する攻撃」と括ってしまうことには賛成できない。ただ、そう括れば、西洋社会=西側世界では「満場一致」が作り出される。それに乗って、秘密保護法を強行した安倍首相でさえ、「言論の自由を守る」といった空々しい発言ができるし、ついでにヘイト・クライムも「表現の自由」だという話になりかねない。

 ここには、現代世界を理解するうえでの重要な論点が隠れているが、いますぐにそれを包括的にまとめる余裕がないので、西洋とイスラーム世界の関係にかぎって、2006年に「ムハンマド戯画事件」が起こっていたとき共同通信の依頼でまとめた文章を、参考までに再掲しておきたい。
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《誰が「表現の自由」を必要としているのか?》

 欧州のメディアに掲載されたムハンマドの戯画をめぐる抗議行動は、いまやイスラーム世界の全域に拡がって死者さえ出ている。

 デモが暴動化する事情は単純ではないようで、国によっては、民衆の西洋に対する反発を政治的に利用しようとする意図もうかがわれる。とはいえ、新たな「イスラーム冒涜」に対して、大衆的な怒りが広まっていることは否定できない。

 騒ぎに便乗して戯画を転載するメディアもあるなかで、国際ニュースで定評のあるフランスの週刊誌「クーリエ・アンテルナショナル」は、「これほどの騒動に値するものか」と問うかたちで、ウェブ版にあえて一二枚の戯画を紹介した。

 それを見てみると、たしかにわれわれにはそれほどショッキングな印象も与えない。けれども、一歩踏み込んで考えると、そこにおそらく西洋的社会がイスラーム世界に相対するときに陥る落とし穴があるのだ。

 西洋型の社会では国家と教会、政治と宗教は区別される。そして公共的な議論を保証するために「表現の自由」が要請されている。ただし、「自由」も無制限というわけではない。今回の議論でもイスラム側から逆用されるように、ドイツやフランスではホロコーストを否定することは法律で禁じられている。

 なぜかといえば、ナチの国家的犯罪の再来を防ぐため、犠牲者が侵すべからざるものとして「聖化」されているからだ。ドイツやフランスでは、そのことが公的な価値観の準拠になっている。だから「表現の自由」もそこには踏み込めない。

 その反面、宗教的権威は揶揄しても罰せられない。西洋社会はあらゆるタブーを解消しようとし、それを「自由」の証しとしてきたが、別の形で禁止を設定しているということだ。

 けれどもイスラーム世界では事情が違う。そこでは宗教は私的な信仰というより、すでにして日常の規範であり、世界観の枠組みでもある。現在の多くの国家が西洋の支配下で作られたという事情もあり、人びとのアイデンティティにとって国家よりもイスラームの方が意味をもつことが多い。とりわけ現在のように、それぞれの国の政府が西洋主導の国際秩序のなかで自立性を保ちがたいときにはそうだ。だからイスラームの宗主の冒涜は、ただでさえ傷つけられた人びとの共同的な自尊心を逆なですることになる。

 そのことが西洋には理解されず、イスラームには「自由」がないと批判される。そして西洋はみずからの流儀をイスラーム世界にも通用させようとする。けれどもそれは、ムスリムにとっては侮辱でしかない。結局そのしぐさが「文明の衝突」を仕掛けることになる。

 ただしこう言うのは、女性の抑圧などイスラーム社会にしばしばある因習を擁護するためではない。強調したいのは、「自由」や「権利」の要求は、それを欠く者にとってこそ正当であり、力をもつ者たちがかざすとき、おうおうにして恣意や横暴に流れるということだ。

 「テロとの戦争」以降、イスラーム世界は「テロの温床」として公然とマークされるようになった。その影響は西洋諸国内の移民たちにも及び、つい最近フランスではパリで暴動が爆発した。その一方で、アフガニスタン、イラクに続いて、いまイランが核開発をめぐって「文明世界」の制裁の標的にされようとしている。そんな中、最悪の占領状態が止まるところを知らず悪化していたパレスチナでは、最近の選挙で民衆はイスラーム原理主義のハマスを選んだ。

 西洋社会が「この程度で」と思うような戯画のために、人びとが怒りにまかせて大使館に火を放ち、あげくに警察の発砲で死者を出す。その不幸な光景は、力任せに「解放」を押しつける西洋によって苦汁をなめさせられる、現在のイスラーム世界の隘路を映し出している。

 この力関係のなかで、「表現の自由」を必要としているのは実は誰なのか。イスラームを気楽に揶揄する者か、それとも生傷に塩をすりこまれる思いに耐える人びとか、よく考えてみる必要がある。

(2006年2月8日、共同通信配信)

「2022年、おれもラマダンだ」―戯画紙襲撃事件2015/01/09

 1月〇日

 正月早々によくないい風邪を引いたがなんとか収まり、ちょうど催促もあったので、半ばに三鷹市の市民グループが企画する研究会での事前配布用資料を準備し始めた。テーマは「イスラーム国と中東の液状化」。

 中東専門家でもイスラーム研究者でもない者がなぜこのテーマで話をするのかは、不思議に思う人もいるかもしれない。きっかけは1990年前後のラシュディ事件の頃、この事件をめぐる論議に、西洋とアラブ・イスラーム世界との長い歴史と精神史をふまえた独自の視点から介入し、いわゆる「表現の自由」の問題を脱構築したフェティ・ベンスラマの小著『物騒なフィクション』を訳したことだった(1994年 筑摩書房)。

 それ以来、とくに宗教と政治の分節と錯綜、社会の定礎、グローバルな近代化などの観点から、西洋とイスラーム世界との関係には注目してきた。2001年11月末にBS・NHKで臼杵陽、酒井啓子両氏と『徹底討論 アメリカはなぜ狙われたのか、同時多発テロ事件の底流を探る』(岩波ブックレットに同題で収録)に参加したのも、それを知るプロデューサーに請われてだった。

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 その朝、なにげなくネットでフランス2のニュースを見たところ、6日午後8時のニュースに、いささか物議をかもす新作を発表したばかりのミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq)が招待されていた。レユニオン生まれの異貌の作家の新作は『服従(Soumission)』という近未来政治社会小説で、2022年の大統領選でイスラーム政党が勝利し、フランスにイスラーム政権ができるという話だ。学校で女生徒がスカーフをかぶるのはもちろん、一夫多妻制も認められるようになる。

 フランスでは今イスラーム人口が増えている。それに対する不安が移民排斥傾向をもつ極右政党国民戦線への支持を増やしている。そこにEU統合深化がもたらす社会解体の圧力もあり、フランス的価値を掲げる反EUの国民戦線にはますます票が集まる。現に、去年の地方議会選でも躍進し、欧州議会選挙では、保守・革新の主要政党を抑えてついに第一党になった。

 在来の保守系や社会党は親EUで共和主義、そのためイスラーム系住民は投票先がなく、独自のイスラーム政党を作って自分たちの立場を代表させようとする。その結果、2022年の大統領選では、第一回投票で勝ち残り、国民戦線のマリーヌ・ルペン党首と一騎打ちになり、とうとう勝利するというのだ。決選投票では投票率も下がるだろうが、それでも多くの有権者は、人種差別やファシズムを思い起こさせる国民戦線より、近代原理を受け入れた穏健イスラームを選ぶということか。

 この小説、ものはまだ手に取ってないが、この設定だけでもかなり興味深い。移民問題を近隣諸国問題、EU問題を対米問題と置き換えると、だいたい日本でも似たことが起きている。ただし、日本では保守党が右に吸収されて、もう「国民戦線」のような政権ができてしまっているのだが。

 フランスの事情についていえば、すでに二十年も前に一年間パリに住んだとき、向いのアパートの典型的なパリ小市民が、隣の部屋のマグレブ系住民を念頭に置きながらかどうか、「うちの息子たちは大きくなったらコーランを覚えなくちゃならなくなるよ」と言っていたのが思い出される。人口増の移民二世はフランスでは自動的に選挙権をもつ。そんな状況に対する大衆的な不安がそのままこの「フィクション」にリアリティを与える。

 それに、文学のあり方としても興味深い。選挙予測のパラドクスというのもあるが、世論調査が結果に影響を与えるのをどう制御するかということが話題になる。が、このような「人気作家」の作品が社会の成り行きに影響を及ぼさないわけにはいかないだろう。もはや純粋なフィクションというのはありえず、この「近未来」物語もわれわれの現実の時間にじかに介入し、絡んでくる作りになっている。

 タイトルについて触れておこう。「服従」というのはそのまま「イスラ―ム」を含意している。キリスト教やユダヤ教とは違ってイスラームは「イムズ」では呼ばない。「イスラミズム」と言うと、政治化したイスラーム運動のことを言う。ムハンマド教とも呼ばない。ムハンマドは神ではなく預言者だからだ。「イスラーム」とは唯一絶対無限の神に対する、有限で非力な人間の「服従」「絶対帰依」を意味する。あるいは無限の神の前に「身を投げ出す」ことを。「絶対帰依」はそのまま無限の神の肯定であり、これが信仰の姿勢なのである。だからこの信仰は「イスラーム」と呼ばれる。

 ウエルベックは「服従」というタイトルの背後にこの「イスラーム」を響かせているが、同時にそれはイスラームに対する「服従」ないし「屈服」を響かせる。

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 パリの風刺週刊紙『シャルリ・エブド(Charlie Hebdo)』の本社事務所が襲撃されたという衝撃的なニュースが入ったのはその翌日だった。折から7日付けの同紙の表紙は「魔術師ウエルベックの予言」と題するその作家のカリカチュアで、「2015年、おいら歯がなくなってるぜ」、「2022年、おれもラマダンだ」という吹き出しがある。
 
 オランド大統領はただちに「共和国に対する攻撃、表現の自由に対する攻撃だ」と非難し、7日の夜には11区の現場から遠くないレピュブリック(共和国)広場に10万を超える人びとが集まり、「私はシャルリ」と書いたパネルを手にして12人の犠牲者への連帯を示した。
 
 「表現の意志は暴力は屈しない」、街頭壁画のバンクシーもすぐに一枚のデッサンをネットに流した。一本の鉛筆、ボッキリ折られた鉛筆、しかし折られた端からまた芯が出て鉛筆は二本、になっている。
 
 ただ、なぜ『シャルリ・エブド』なのか――もちろん2006年のいわゆる「モハンマド戯画事件」以来の同紙の「懲りない」姿勢があげられる――、は考えてみたい。それに、今度の「襲撃」が、ただの強盗のたぐいではなく、明らかに「戦闘経験」のある私的なコマンド(おそらく背後の組織的関係などはない)によるものだということも。
 
 この事件に、「イスラーム国」の資料をそろえているときに遭遇してしまった。(つづきは別稿)

*7日付けの同紙はたちまち売り切れ、ネット上で7万ユーロ(990万円)の値がついているという。何でもすぐ金にする(市場に出す)連中がばっこするのも当世だ。