日本はいま、どんな異常な政権のもとにあるのか?2017/06/17

 共謀罪の強行採決で幕を閉じた今度の国会で図らずも露呈したのは、「戦後レジームからの脱却」を掲げ、「みっともない憲法」を廃棄して(少なくとも少し変えて)「美しい国」をめざしそうという安倍政権が、じつはどういう政権かということである。
 
 大筋の政策では、まず秘密保護法の強行採決、ついで憲法解釈のありえない変更、そしてそれに基づく違憲の安保法制、それに則って自衛隊の南スーダン派遣、さらに国連関係者からもクレームを付けられた共謀罪の異例手段による採決と、自衛隊の軍隊化を図る一方で、行政権力保護と捜査権力強化の体制を、憲法を空洞化しながら進めてきた。

 あらゆる政府提出法案は、国会の与党(自民・公明+維新)の圧倒的多数で可決することができる。だから、閣議は規範的事項の実質的「決定機関」として振舞い、まず憲法違反を合憲と「解釈」できると決定して以来、不都合な事実に対する「オルタナ・ファクト」を閣議決定として押し通し、国会審議も空洞化して(質問をはぐらかし、ごまかし、嘘を言い、切り抜けられないとなると強弁に居直る)、形だけ整えて一定の時間が来ると強行採決。
 
 しかしその「多数」の中身たるや、次々に不祥事や不正が露見して雲隠れする欠格議員や、口を開ければ「失言」で人前に出せない閣僚たち、果ては答弁もできない大臣や、国際会議でトンデモ発言をする大臣といった不適格閣僚ばかり。それを安倍首相が選んでいる。そしてその前に、小選挙区制で多くの議席を埋めるために党執行部の意向で選ばれる候補者たちの質が劣悪なのだ。その人選や任命の責任は党総裁かつ首相の安倍晋三氏にあるが、その安倍首相がそもそも「責任」などというものは他人が取るものであって自分は守られるとみなしているようだ。
 
 だがその体制は盤石ではない。自衛隊の派遣日誌隠蔽問題で稲田防衛相が不適格をさらした騒ぎの上に、森友学園問題が浮上し、そこで安倍政権の同調支援者への便宜供与や、それを「忖度」した財務省の背任まがいの計らいが露見すると、政権は野党の抵抗が強いだろう共謀罪の上程で騒ぎを押し流そうとした。ところが重ねて、もっと官邸にとっては都合の悪い加計学園問題(首相の親戚筋で、官邸メンバーが深く関係している学園に、経済特区制度を使って巨額の国費・自治体費が投入されてようとしている)が浮上する。そこで安倍首相が搦手から打ち出してきたのが憲法改正の具体的アジェンダだ。そうして、崩れようとする堤防の綻びを、さらに大量の土砂で押し流して別の災害を作り、そこにまた別の災害を押し被せて、次々と目先を変えながら濁流を広げて憲法改正まで加速させて行こうとする。盗人が家に火をつけて逃れると同時に荒稼ぎの一石二鳥も三鳥もとるという技をあからさまに演じたのがこの国会だった。

 (公明党が重視する都議選前に、期間を置いて国会を閉じることは、そのまま加計学園問題の追及の幕を閉めるという算段と重なる。その前に共謀罪成立を強行したのは、これをすぐに適用したいからというより、閣議決定して審議強行した以上、不成立では国会で政権の面子が立たないということからだろう。)
 
 だが、そこで露呈したのは、安倍政権の手法、つまり人事権を掌握して官僚も警察も司法も官邸の意に従わせるが、その権力強化によって実現するのは、国政も国有財産も強権によって意のままにするということ、同調者や仲間内で国を思うままに処断するということだった。そして仲間がすることが明かな犯罪行為であっても、警察権力を通して握りつぶすことさえできる。安倍首相がすでにそのように振舞っていることが露見したのである。当人は白を切っているし、周囲の人間は自分に餌を、権力のおこぼれを与えてくれる親分を守ろうとしている(ますます人相の悪くなる菅官房長官をはじめとして)。

それに、さまざまな証言や状況証拠がごまんと溢れ出ているのに、国会での追及は「数」の力で押し流され、ましてや警察も検察も、この件を立件しようとはしない。警察・検察はすでに首根っこを抑えられ、あるいは権限を強化してもらって官邸の子飼いになっているからだ。メディアもそうである。読売、産経やNHKだけでなく、官邸の記者クラブが、官邸にとって不快な追及をするよそ者(社会部記者)を排除しようとしているという。
 
 国民主権の憲法を廃棄しなくとも、すでに日本の首相官邸はこんな有様になっている。安倍首相が目指す「美しい国」、国民が文句も言わず進んで国のために無私の奉公をする国、そして一部の者たちが国の権限や資産を私物化し、自分たちの妄想にしたがって思うように国民を食い物にできる国、それが安倍首相の目指す理想だとしたら、その妄想に近い理想はもうほとんど実現しているのである。こんな権力の私物化や、それに都合のよい「国作り」の暴挙が、誰にも止められずに罷り通っている。それを妨げる権限をもつ者たちが、すべてすでに抑えられている。それがこの国の現状だということである。
 
 幸い、それでも勇気ある人々が、「安倍一強」と言われるこの状況のなかで異を唱え、この現状を明るみに出すことに貢献している。しかしその人びとが今いちばん脅かされている。この人たちを守り、この日本にまともな政治を取り戻すために、多くの人たちがそれぞれの場所で立ち上がらなければならないだろう。もちろん武器なき、権力なき闘いだ。権力もあらゆる武器も、安倍政権とそれに靡く「自発的隷従」のピラミッドがもっている。その「自発的隷従」の鎖の一つひとつを解き放たなければならない。
 
※付言しておけば、安倍の「戦中体制」理想化妄想――日本が負けたアメリカに国を売って、自分たちが不条理な「戦中体制」の大本営に収まる、という戦後右翼の倒錯――は、こんなふうに実現されるしかない「大日本帝国」の「二度めの茶番」だということである。それをあらゆる保守というより右翼をもって任じる「憂国の士」たちには考えてほしい。

「最初は悲劇、二度めは茶番」2017/06/16

※共謀罪成立前に書いた未定稿で、遅いと言えば遅いけれど、基本認識は変わらないので今日、ここに挙げておきます。
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 国会会期末が迫り、共謀罪法案採決をめぐって与野党の攻防が緊迫している。
 安倍政権は2014年末の秘密保護法以来、集団的自衛権をめぐって閣議決定による憲法解釈変更、安保関連法制、自衛隊の南スーダン派遣、そして共謀罪法案と、日本の国のあり方を変えるような政策を次々に採ってきた。これはいわゆる「戦後レジームからの脱却」という安倍政治の具体化だが、そこであからさまになってゆくのは、目指すのがたんに「戦争のできる国」というだけでなく、民主主義や国民の主権を解消し、国家権力の圧倒的優位を確立する方策だということである。
 
 しかしそれだけではない。「最初は悲劇、二度めは茶番」だと言うが、まさに大日本帝国は破綻、無条件降伏で国民は多大な犠牲を強いられた。しかしいま強引に準備されている「二度め」は、明治以来の国家体制の形成ではなく、国民が権力にかしづく体制づくりによって、その国権を私物化する連中が初めから馬脚を現しているという事態である。
 
 森友学園、加計学園問題で露わになったのはそのことである。安倍政権は、自分の姿勢に共鳴しその名を冠した神道小学校を作ろうとした森友学園が、財務省から9億円相当の国有地をタダ同然で払下げを受けられるよう、また異例の認可が受けられるよう計らった。またアベノミクスの目玉とされた「経済特区」制度によって、「岩盤規制をドリルでこじ開け」て、地元自治体を巻き込んで「刎頸の友」(じつは親族)に合理性も展望もない「獣医学部」を新設させ、そこに数十億円の公費を流し込む算段を、文科省・総務省を巻き込んで工作した。そればかりか新たな疑惑も持ち上がっている。政権・首相官邸は白を切るが、加計学園には官邸出入りの人物やその家族が役職者に名を連ねており、これが仲間内の利益供与であることは明らかである。
 
 そればかりか、安倍よいしょ本を出版しようとしていた元TBSワシントン支局長が起こした準強姦事件を、官邸につながりのある警察官僚を使って「上から」逮捕状を取消し、不起訴処分にしたことも、被害者の告発で明らかになった。また、その警察官僚は、2年前TBSの報道番組コメンテーターが外されたとき、TBSに圧力をかけたのと同一人物であることも判明した。
 
 また、前文科次官前川氏の発言から、政府のさまざまな有識者会議から、官邸が意向に沿わない人物を外していることも明らかになった。そのうえ、政府は内部告発者を探して処分しようとしている(そう言ったのが、何と北星余市出身を売り物にして自民議員になった義家某だが、彼も雑巾がけをさせられているのかもしれない)。いま、官僚は国家・国民のために仕事をするのか、安倍の走狗となるのかが迫られている。
 
 この間に明らかになったのは、国民の国家への服従と献身を求める安倍のようなウヨク政治家が理想としているのは、国家権力が強化され、その権力を私物化して自分の妄想に国民を従わせる、そして仲間内で自由に国を引きまわせる、そんな体制だということだ。そんな体制に人びとがひれ伏す国を、無私の国民の「美しい国」と言っているわけだ。言いかえれば、日本ではウヨク国体思想とは、国家を私物化したい連中の隠れ蓑にすぎないということだ。これが「二度めは茶番」の茶番たるゆえんだ。
 
 北朝鮮の危機は現実ではないか?中国の脅威は?
 冗談はよしてほしい。北朝鮮は弱小国。それにミサイル見せつけるのはひたすらアメリカ向け。そして北朝鮮問題の直の当事国は韓国だ。朝鮮半島は日本の敗戦による「復光」の直後、始まった冷戦の煽りで約七〇年前に南北に別れて同じ民族同士が数百万の犠牲を出して戦い合ったのだ。そして分断されたまま、今でも分離線は挟んで対峙している。その両当事国を置いて話は進まないはずなのに、北朝鮮は世界の親玉アメリカに存在を認められずには存続できない。だから核武装国家になろうとする。そして存続が究極目的だから、暴発はできない。それが基本状況だ。

 日本など眼中にない。相手をしている余裕はない。ひたすらアメリカとの直接交渉を求めている(相手がトランプならチャンスがある。トランプも同じような手法の親玉だからだ)。だからミサイルが飛んでも韓国は騒がない。危険なのは暴発だが、それを防ぐには交渉しかないことを、韓国は十分わかっているからだ。北の暴発でまた何百万の犠牲を出し、何百万の難民を受け容れなければならないのは韓国だから。

 それなのに、安倍は国内向けに「北朝鮮危機」をひたすら煽る。国の軍事化に使えるからだ。安倍は拉致被害者のことなどもうまったく考えていない。国内に北朝鮮危険の世論を作ることに成功したから、もうどうでもいいのだ。実際、安倍政権ではこの問題は一歩も進んでいない。

 教育勅語を学校で教えて、国民に臣従を植え付け、このIT・サイバー戦争の時代に銃剣道でトツゲキ精神を教え、ミサイル攻撃に備えて防空頭巾の避難訓練をさせ、韓国が騒ぎ過ぎと苦言を言う中で東京の地下鉄を止めて「危ない」と思わせる。それが今の政権の「戦時」認識なのだ。そのくせ、NHKが「忖度」で北朝鮮ミサイル大騒ぎのキャンペーンをはっている間、当人は疑獄渦中の夫人同伴でGWの海外遊行。ばかばかしいにもほどがある。

 中国についてはまたにしよう。

共謀罪・加計学園疑惑に怒れる学者・弁護士の共同声明2017/06/10

昨日、「弁護士と経済学者有志の声明」が発表されましたが(http://j-c-law.com/kinkyuuseimei/)、これに続いて、主として人文系の学者と若手弁護士有志が以下の声明を発表しました。国会の会期末が間近ですが、さらに追及の機運を高めてゆきたいと考えています。
*追記:ホームページができました。賛同署名をお願いします。
http://scholars-lawyers-united-for-truth.strikingly.com/
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権力の私物化と共謀罪審議に怒り
加計学園疑惑の徹底究明を求める学者と弁護士の会
緊急声明

 先ごろ浮上した森友学園問題では、安倍首相に共鳴しその名を冠した神道小学校を計画した学校法人に、財務省が9億円相当の国有財産をただ同然で払い下げ、一連の不透明な行政手続きに多くの疑問が指摘された。ところが財務省は、情報システムの更新だとして森友学園との交渉時のデータの完全消去を始めている。

 また、続いて浮上した加計学園問題では、首相官邸や内閣府が直接、文部科学省などに働きかけ、アベノミクスの目玉でもあった「国家戦略特区」制度を利用して、首相の「腹心の友」が経営する加計学園に獣医学部開設を認めさせ、地元愛媛県や今治市を巻き込んで、数十億円相当の公金が流れることが明らかになった。これは首相の地位を利して恣意的に行政を歪め、公有財産の民営化ならざる私物化だと言わざるをえない。

 これに関して「官邸からの圧力」を示す文書が明るみに出ると、官房長官は「怪文書」と言って斥け、在職時に直接圧力を受ける側にいた文科省前事務次官が「100%事実」だと証言すると、こんどは「民間人」の言だから取り合わずとする一方で、某全国紙と連動して前事務次官の信用を棄損しようと人格攻撃を繰り返す。

 また最近、安倍首相に近いとされる元TBS記者による準強姦事件において、逮捕状が「上からの圧力」で執行されず、不起訴になったことを不当として、被害者から検察審査会に審査の申し立てがあったが、このような件でも官邸の関与が疑われている。

 しかし安倍政権は、国会答弁では数を頼みにゴマカシと居直りで押し切り、メディアや警察権を駆使して批判や告発を潰そうとする。このような理不尽で横暴な政権の振舞いは前例を見ない。今や日本では首相官邸そのものによって、行政や司法の公平性が著しく歪められているが、まさにその政権が、人びとの内心の監視を可能にし言論・表現の自由を危ぶめる組織犯罪処罰法改正案(共謀罪法)を強引に成立させようとしている。

 いま国会では自民・公明連立与党と日本維新の会の「数」によって、事実上どんな法案をも成立させることが可能である。だがその「数」の中身はと言えば、この間明らかになって国民を呆れさせているように、不祥事の絶えない欠格議員たちであり、答弁もできず任に堪えない失格閣僚ばかりである。国会における審議は、首相や担当閣僚が疑惑の「説明責任」を放棄したことで完全に形骸化しており、失格閣僚の「任命責任」と合わせて、首相自らがその責を負わなければならない。

 政権が官庁やメディアを巻き込み、これほど政府が横暴になったことはかつてない。政権そのものが国の柱である民主主義、三権分立の原則、立憲主義(法の支配)を蹂躙している。振り返れば、1990年代以降、「政治主導」によって官僚支配や政官業の癒着を打破することを標榜し、政治改革や行政改革が勧められ、小選挙区制の導入や中央省庁再編などを通じて、首相権限(官邸機能)の強化が進められてきたが、現在の安倍政権で現実のものとなってしまったのは、政治主導でも政官業の癒着打破でもなく、首相個人による、公権力と公有財産の私物化以外の何ものでもない。ただちに共謀罪審議を停止し、加計学園問題を国会で徹底的に究明することを求める。これが現在の国会の、そしてわが国の政治の劣化を座して見過ごせない者の火急の責務だと考える。
2017年6月10日


[呼びかけ人・五十音順]
阿部賢一(東京大学准教授、東欧文学)
稲正樹(ICU平和研究所顧問、憲法学)
臼杵陽(日本女子大学教授、中東研究)
岡野八代(同志社大学教授、政治学)
小森陽一(東京大学教授、日本文学)
五野井郁夫(高千穂大学教授、国際政治)
嘉指信夫(神戸大学教授、哲学)
小原隆治(早稲田大学教授、地方自治)
坂本恵(福島大学教授、比較文化論)
佐藤泉(青山学院大学教授、日本文学)
管啓次郎(明治大学教授、文化人類学)
高桑和巳(慶応大学准教授、フランス思想)
高頭麻子(日本女子大学教授、フランス文学)
竹谷和之(神戸市外国語大学教授、スポーツ文化論)
千葉眞(国際基督教大学特任教授、政治学)
寺西俊一(一橋大学名誉教授、環境経済学)
渡名喜庸哲(慶応大学准教授、フランス哲学)
中野晃一(上智大学教授、政治学)
中山智香子(東京外国語大学教授、経済思想)
西谷修(立教大学特任教授、哲学・思想史)
林みどり(立教大学教授、ラテンアメリカ研究)
沼野恭子(東京外国語大学教授、ロシア文学)
根本美作子(明治大学教授、フランス文学)
橋本一径(早稲田大学教授、表象文化論)
守中高明(早稲田大学教授、フランス文学)
* *
上田裕(弁護士)
打越さく良(弁護士)
内田雅敏(弁護士)
内山宙(弁護士)
太田啓子(弁護士)
太田伊早子(弁護士)
黒澤瑞希(弁護士)
小谷成美(弁護士)
佐藤倫子(弁護士)
神保大地(弁護士)
宋 惠燕(弁護士)
竪十萌子(弁護士)
田中篤子(弁護士)
田中淳哉(弁護士)
寺町東子(弁護士)
中村眞一(弁護士)
早田由布子(弁護士)
橋本智子(弁護士)
福山洋子(弁護士)
藤川智子(弁護士)

もう見たくない俗悪ドラマ「メイク・にっぽん・グレート・アゲイン」2017/06/05

 共謀罪国会の成行きを見ていると、まるでここ数年、いつまでも終わらない粗悪なテレビ・ドラマを見せられているようだと思う。見ているだけでなく、現実に付き合わされている。

 「戦後レジーム脱却」の安倍政権物、初めは一回で終わりそうなネタだったが、終わりそうになると新手の混乱が出てきて、さらに大きな洪水を呼び起こす。しかしそれでもついに大惨事が…と思いきや、次々に災厄を国民に浴びせかけ、悪事の張本人たちはそのつど新手のカオスを引き起こしてそこに逃げ込む。その繰り返しで、いつまでたっても「一巻の終り」が来ないのだ。

 ドラマが終わらない。悪者たちは官僚を抱え込み「忖度」で協力させ、邪魔だてしそうな者は、まずは更迭、首のすげ替え、そして左遷、組織的締付け、そうして周囲を縛って固め、そのうえメディアは要を篭絡して、不都合な情報は流させない。真相が広まらないためにフェイク・ニュースを製造する機関まで作ってある。

 だから、政権がピンチに陥っても、大ピンチなはずでも、蛸の巣のように煙幕を張って、必ずごまかして居直り、新手の攻撃を仕組んでくる。さすがにもうこれでダメだろう、逃げられないだろうと思っても、追いつめられても白を切り、不利な情報はフェイクだと言って押し退け、追いつめるお縄はあらかじめ溶かしてあって、目晦ましをかまして次の悪事に走り込む。

 そのため、これで終了という筋立てがいっこうにまとまらず、番組はしつこくいつまでも続いて、いつしか数年にわたる大河サスペンス・ドラマになってしまった。そういう日本を、悪党どもは「イダイ」だと思っているようだ。たしかに、握った権力は自分たちのためにますます強固になるし、どんな障害も警察や司法を抱え込んで取締り、仲間のためにはもみ消しもできる。仲間同士で国有資産はお手盛り放題、居直ればもはやそれを止める手だては国民にはないと見切っている。

 「イダイ」な権力だ。民主主義を乗っ取ってワル仲間の僭主政治、基本的人権など厄介払い、国民は国家を牛耳る僭主たちになついて飼ってもらうか、さもなくば使い潰される奴隷であればいい。怒ったり、不平をもらしたりする不埒者は共謀罪で黙らせてやる。こうしてドラマに終わりはなくなるが、皆飽きて視聴率落ちるぞ、テレビ局! この悪党たち、自分たちの権力をアメリカに承認してもらうため国ごと貢いで守ってもらう。そしてたらふく武器を買って大好きな戦争ごっこ、俺たちは強いんだゾー!。

 いつ終わるのかこの低俗ドラマ、もうさすがに見たくない。最近変えたそのタイトルは「メイク・にっぽん・グレート・アゲイン!」。いい加減やめてくれ~!(制作/配給:日本のプチ・トランプ)

安倍政権-不適格者たちの危険な国政遊戯2017/05/04

 70年目の憲法記念日に、安倍首相はとうとう憲法改正を正面から掲げた。天皇談話でもないのに、ビデオで談話を公表するという異例のやり方だ。稲田自衛隊問題、森友問題を、共謀罪上程で押し潰し、北朝鮮危機の空芝居を国内に広めて、満を持して(?)改憲発議?
 昨今のとりわけ「不良品閣僚」問題を契機に、共同通信の依頼で以下の記事を書いた。「改憲」を掲げるのがこういう政権だということだ。手直ししたものがすでに地方各紙に掲載されている。
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 今村復興相がとうとう辞任に追い込まれた。安倍内閣の度重なる「失態」だ。最近では「共謀罪」担当の金田法相が、答弁ができないからと官僚に代行させて問題になった。稲田防衛相は南スーダン派遣の自衛隊日報を把握していなかったばかりか、森友学園の弁護を務めたことも「忘れ」ていた。「がんは学芸員」とか「長靴業界はもうかった」と「失言」して辞めた閣僚・政務官、ストーカー登録された政務官もいる。もう覚えきれないほどだ。

 「失言」以前に、問われているのはこの人物たちの閣僚あるいは国会議員たる資格である。政治家は国政に携わる。大臣ともなれば責任も大きい。だが、担当の重要法案の説明もできず、管轄の省庁の把握もできていない。あるいは職責も理解せず、恥とも思わず威張ったり人のせいにすることしかできない。

 当然ながら、そんな人物を登用する首相の責任は重大である。だがそれ以前に、政権党がそんな人物ばかりを選んで公認し、当選させて頭数を揃えていることが問題だ。

 任命権限をもつ首相は、森友学園問題で明らかになったように公私の区別がついていない。「私人」だと言い張る夫人に、官僚を五人も付ける首相は、権力を私物化しているとしか言いようがない。国会質疑は答弁にもならない「答弁」で押し切り、無理強いの断定を「閣議決定」する。その決定が「真実」と言わんばかりに。こんなことが平気で行われれば、大人の社会も子どもたちも、日本はこういうところなのだとそれに倣うだろう。事実、官僚たちからしてすでに「忖度」に漬かり切っている。

 安倍内閣の支持率が高いというが、ほんとうか?代わりが見当たらないからだそうだ。だがこんな陣容で、安倍政権は国の命運を決めるような政策を次々に打っている。いや、実情は、外交も内政も、オバマだろうがトランプだろうがとにかくアメリカに預けるだけだ。だから「危機」のとき、直接の相手国とは外交手段をまったくもたない。

 そういう内閣が、実態を隠すために秘密保護法を作り、さらに物言う市民を黙らせるために「テロ」を口実に共謀罪まで通そうとしている。そうなれば、いまの劣悪な政治の実態すら問題にできなくなるだろう。政権に反抗するのは「テロ」だそうだから。

 それでも旧民主党政権よりましなのか? 7年前政権交代を果たした民主党は、不器用でかつ、変化を怖れる官僚たちにそっぽを向かれ、メディアにも叩かれて、大震災のあおりもあって迷走のあげくに瓦解した。それ以来、民主党にはこりごりだから自民党、という風潮が広がっている。日本には他に選択肢がないというのだ。その空気を最大限に利用した自民党は膨れ上がり、偏った政権に奉仕するだけの劣悪な議員を増やしてあとはやりたい放題。それが日本の政治を底なしに腐朽させている。

 おかげで、日銀の札束増刷には歯止めがなく、貧困は拡大し、弱者は自己責任を押しつけられ、若者は将来の見透しが立たず、社会は殺伐として澱んでくる。それを「危機」を煽って浮足立たせ、オリンピックを煙幕にして操ろうとする。しかしメディアの自由度は最低と世界からは見透かされているのだ。

 だが、もうそんな政権に国を預けるわけにはいかない。私欲や個人的妄念のために国を弄ぶ政権、その実態を見なければいけない。なぜメディアはこの政権に甘いのか。コントロールされているという。そう言われるままでよいのか。国を破綻させる片棒を担いでどうするのか。どんな政権でも、今よりはましだとそろそろ気づくべきときだ。

立憲国家のメルトダウン2017/05/01

 施行70年の憲法記念日を前に、憲法学者でない多様な人士53人の憲法論を集めた『私にとっての憲法』が岩波書店から刊行されました。わたしも森友学園問題渦中にギリギリで寄稿しました。その後半をここに転載させていただきます。思えば2年ぐらい前からこういうことばかり書いていますが。
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(…略)
 この安倍首相は、就任早々日銀総裁の首をすげ替えて、金融政策の慣例的な自立性を無効にし、NHK会長にも息のかかった人物を据え、内閣法制局長官まで慣例を破って外務省出身者を充て、金融、メディア、法制のチェック体制を掌中に収めたが、それだけでなく、最高裁判事の選任にまで手をつっこんでいることが最近知られるようになった。

 当人は安保法制審議の国会審議にいらだって「(憲法解釈の)最高責任者は私だ」と筋の通らぬことを言い、後には国会で「私は立法府の長」とさえ言った。それは彼が自国の政治制度について無理解であることを示してもいるが、三度の衆院選と参院選で絶対多数の議席を確保し、どんな法律も通せる状態にある以上、行政府の長である自分が立法府も意のままにできるという暗黙の「事実」を公言したにすぎない。そして沖縄関連訴訟や原発訴訟に顕著なように、今では事実上、司法もほぼ「コントロール下」に置いている。

 おそらく安倍政権は、集団的自衛権の行使容認を閣議決定したときから、憲法は無視すればよい、それがあっても事実上反故にできると気づいた(あるいは確信した)のである。行政権力にはそれが可能だと。それ以来、憲法はあってなきがごとく、労働に関する立法も、家族に関する立法も、共謀罪も、どうみても憲法との整合性を疑われる法律を次々に作ろうとしている(それをチェックするはずの内閣法制局は、ある元最高裁判事に言わせれば「いまは亡い」)。

 さすがに憲法もこのような政権の登場を予想していない。憲法は、天皇や国務大臣に尊重義務を課しているが、当の国務大臣が(総理を始めとして)憲法を守る気がないだけでなく、それを「みっともない憲法」としてまるまる廃棄しようとしているのだから、何をかいわんやである。

 ちょうど戦後五〇年日の頃から、「主権在民」「基本的人権の尊重」「非戦国家」を柱とする日本国憲法を廃棄して、これを全面的に逆に書き換えようとする勢力が伸張し、とうとう第二次安倍内閣を成立させた。この政権の目的は、時代に合わなくなった条項に変更を加えようという「手直し」ではない。言われるところの「改憲」とは、今の憲法そのものをお払い箱にしようということである。しかしそれを正面から言うと実現できない。そこで、背広の下に軍服を隠しながら逐条的な「手直し」だと言いくるめる。

 「自民党改憲草案」とは、日本国憲法を根本から否定し、それにとって代わろうとする別の憲法案である。それを掲げる政権が国会で絶対多数を握った。そのこと自体がすでに「尊重義務」違反なのだから、この政権は、憲法はあっても守らなくてもいいということに気づいてしまったのである。あるいは、黒を白だと「解釈する」ことを閣議だけで決定できるとしたのである。

 それが二〇一四年七月、それ以来、安倍政権はアメのように溶けてしまった憲法を尻目に日本を引っかきまわしている。これこそが立憲国家のメルトダウンとも言うべき事態だろう。そのメルトダウンを隠し、首相官邸という名の「免震重要棟」のなかで、この政権はあらゆることを閣議決定で決めている。誰がこの「憲法停止」の「緊急事態」を収拾できるのか、それがいま問われている。言うまでもなく、それは「主権者」である。

「沖縄差別」の遠近法2017/04/29

「琉球新報」が、基地建設反対運動のリーダー山城博治さん他を逮捕・長期拘留した(東京から支援に行った反差別運動・カウンター活動の高橋直輝も不当逮捕のうえ199日間も拘留され、ようやく最近保釈された)ことを機に、一方で沖縄の意志表示を踏み潰し、他方でそれを看過する「沖縄差別」の問題をとりあげて、「分断を超えて」というシリーズを掲載している。その第1回(4/26)に寄稿した記事をここに再掲させてもらう。
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 一九九五年に米兵による少女暴行事件が起き、那覇で「復帰」後初めての大抗議集会が開かれた。これが今日の辺野古新基地建設をめぐる対立の発端である。何の対立か。沖縄と日本、行政的に言えば沖縄県と日本政府の対立だ。日本政府は防衛(これを最近では安全保障と言う)上の理由から沖縄に基地を置くのを当然とみなす。日本の安全保障は「日米同盟」前提だから、それが米軍基地か日本軍基地かは問題ではない。だが、沖縄にとっては辺野古に恒久基地ができたら、占領期以来の基地負担がやむ希望がなくなる。

 沖縄戦の経験から、基地のあるところが戦場になるということを沖縄は骨身にしみて知っている。だから対中危機を煽っての沖縄の恒久基地化や先島の軍事化は、「捨石作戦」の悪夢をよみがえらせる。だが日本政府、とりわけ中国敵視、日米同盟のワンセットからしかものを考えない安倍政権は、あらゆる手段を使って沖縄世論を切り崩し、有無を言わさぬ強硬姿勢で基地建設を推進しようとしている。

 その意を汲むかのように、政府に同調する勢力が沖縄に圧力をかける。沖縄の「わがまま」を批判し、「お国」への貢献を求める。あるいは基地建設に抗議する人びとを誹謗中傷し、運動を民意から分断し孤立させようとする。それが「沖縄ヘイト」と言われる言動を生む。

 メディアについても「沖縄二紙を潰せ」といった発言が政府周辺から出る。沖縄二紙は地域紙だ。だから地域住民の関心に応える報道をする。地域紙なら当然のことなのだが、「国家」を掲げる者たちは「国益」にかなった報道をせよと言う。つまり地域世論を操れということだ。それを最近では「国家第一」と言うようだ。ただし、「国益」と言われることはしばしば「私益」の隠れ蓑にすぎない。とりわけ、森友学園問題に如実に表れたように、首相の権力をあからさまに私物化している安倍政権の場合はそうである。

 沖縄では、米軍占領下で多くの人びとが「祖国復帰」を求め、曲がりなりにもそれが果たされ、しばらくは日本国家への再統合が進んでいた。しかし、くすぶっていた米軍基地問題が九五年に再噴出、日米安保体制下での日本と沖縄と接合の危うさが問われるようになり、以後、日本政府は沖縄の懐柔に腐心してきた。しかしいわゆる教科書問題で、沖縄戦の記憶を日本の歴史から抹消する意図があらわになると、対立の軸はもはや「保革」ではなく「沖縄と日本」になった。沖縄戦は戦後の沖縄の存立の原点だからだ。

 この対立は、人びとの記憶を一気に「琉球処分」にまで引き戻す。琉球国を廃して沖縄県を置く、それが近代国家草創期の日本政府によってなされた「処分」だった。沖縄が日本の他の都道府県と違うのは、この「処分」によって日本国家に統合されたという点である。他の都道府県は初めから日本国に属していた。だからその歴史を地域史として語るときにも、それは日本史の一部になる。だが、沖縄県は日本史とは違う固有の歴史を語りうる。その違いは沖縄戦と戦後の運命によってさらに強調される。沖縄県は地上戦で人口の四分の一を失い、そのうえ米軍占領下で基地の島に変えられながら、日本の行政権に属さない二十七年を過ごした。いわゆる「アメリカ世」だ。日本の歴史にそれがどう書き込まれるかは今後の沖縄の死活に関わる。

 近代の歴史は否定しようもないが、沖縄がいま日本の一地域として統合されているとしたら、その統合を望ましいものにするのが日本政府の責任だろう。だが、そこに亀裂が走り深まっているのが現状である。その対立は国家と一地方という非対称な対立であり、圧倒的な権力関係の下にある。沖縄の人びとが抱く「差別感情」はその表れに他ならない。

 「琉球処分」以来、たしかに日本は沖縄を属地のようにして扱ってきた。それは、一九〇三年大阪博覧会での「人類館」事件に露骨に表れていたし、また差別を受ける屈折した思いは山之口獏の詩などに深く表現されている。今では「沖縄県」はごく自然に受け入れられているが、このような対立が目立ってくると、アパートを借りるのに「沖縄人お断り」の看板がかかっていた時代に逆戻りする。本土に沖縄料理店が広まり、沖縄の海や風になじんだ「沖縄ファン」が増えても、彼らは「リゾート地沖縄」にしか関心がない。その風潮は無言の「差別」を後押しする。

 つい最近の衆議院憲法審査会で「国と地方のあり方」がテーマになったとき、複数の参考人から地方自治の「本旨」を強調する意見が出たという。自治とは自ら治めること、オートノミーである。国にとっても自立が必要だが、地方にも自治が必要である。それが民主国家の基盤でもある。沖縄が日本において十分な自治権をもつこと、それが統合の実りをもたらす道であり、「琉球処分」以来の「差別」の構造を解消する唯一の道であるだろう。

共謀罪法案提出とその時機2017/04/08

 この間の安倍政権のドタドタをかいつまんで振り返ってみよう。共謀罪提出は、その内容ももちろんのこと、提出の状況もとんでもないものだからだ。

-去年11月のアメリカでのトランプ当選に大慌て。TPPで奉仕(強行採決)の目算が狂い、「アメリカ・ファースト」になりふり構わず「日米同盟ファースト」で抱きつき。11月下旬には問題が多いまま自衛隊に「駆けつけ警護」の任務を付けて、内戦状況の南スーダンに派遣。一方で対ロ関係「進展」を地元山口で演出しようとしたが、剛腕ロシアのプーチンには軽くあしらわれ、その失敗を「電撃・真珠湾コウゲキ」で糊塗しようとする茶番。

 1月安倍訪米のあと本格的に始まった通常国会では、まず答弁できない稲田防衛相の「不適格」問題が露呈。南スーダン自衛隊派遣の責任者が、「戦闘」と言えないから事態は「衝突」、そう言わせる憲法9条が悪いと言わんばかりの答弁。そのうえ、昨夏の陸上自衛隊PKО日報が「廃棄」されたと防衛省が言いう。それを河野文書管理担当相の要請で「再調査」したところ、電子データがあることが分かり、これが2月に公表されるが、ほぼ黒塗り。

 明らかになったのは、稲田防衛相は防衛省(自衛隊)をまったく掌握していなということ、逆にいえば防衛省は省内のことを大臣に話していないということ。安倍首相に後継者と位置づけられて抜擢された稲田氏は、単純に大臣不適格だというだけでなく、実際に自衛隊は大臣を無視して独自に動いている(もはや「軍部」になっているということだ)。そんな大臣を罷免もしない、これが安倍政権の安保政策運用の実態だということだ。

 すでに大問題だが、それが何らの対処もされないうち、今度は「森友問題」が浮上。これは基本的には財務官僚による国有地不正売却問題だが、その相手が安倍総理夫妻と関係浅からぬ学校法人であり、用地取得が日本初の神道小学校「安倍晋三記念小学院」開設のためだったということ。さらに森友経営の塚本幼稚園の実態(園児が教育勅語暗唱、安保法制ありがとう、と安倍首相に感謝)が明らかになった。首相は国会で関係を否認してヒステリーのような答弁を繰り返したが、籠池理事長の会見を受けて、政府自民党は「懲罰」のために籠池理事長の証人喚問を受け入れ、そこで元警察官僚の議員を使って逮捕の恫喝に終始する。しかし森友学園の「愛国教育」が安倍首相の「理念」とも符合し、それを否定しなければならない首相の苦衷がはからずも表に出る。

 この件では、小学校に異例の認可推進を行った大阪府知事(維新の会)も絡んでいたが、松井知事は籠池元理事長を悪者にして居直る。そこに、さらに大規模な(森友9億、こちら30億超)安倍友「加計学園」問題も浮上。アベノミクスの売り物の一つ、いわゆる「特区」の「規制緩和」の実態が露呈。森友案件に深く絡んでいた首相夫人の「公私」が云々(デンデン)を「閣議決定」するという笑劇の一場もあったが、私人・公人の問題ではなく、公権力の「私物化」こそが問題。たしかに、それを禁じる法律はないが、これだけの「背任」にも検察はまったく動かず、地方議会議員が告発するのみ。もはや日本では、権力を手にしたら、憲法無視はもちろん(集団的自衛権行使容認以来)、何でもできるということが明らかに(それまで政治家たちがやらなかったのは、自民党内に相互牽制があったのと、いかにも政治家としてはしたないことだったから)。

 そして「教育勅語」が話題になったこの機会に、なんと政権は戦前体制のバイブルだったこの「勅語」(もちろん天皇が作ったものではない、天皇を統治に利用しようとする連中が作った)を学校で使うのも悪くない、と「公認」路線をうちだす。

 折しも、正規教科にされた道徳の教科書検定で、パン屋の例が相応しくないとして和菓子屋に変えたらパスという事態も(ケーキより毒まんじゅう、プリンよりコンニャク?)。そのうえ体育に銃剣道(こんなものが「道」だと聞いたこともない、弾がなくなったときの「一億ギョクサイ」訓練)も取り入れると、異常としか言いようのない文科教育方針。ドサクサまぎりに何でもやる、というだけでなく、ネガティヴにでも話題になったら通りがよくなったことにして押し通すというあられもない手口。

 3月には東芝崩壊が明らかになった。日立も減損を計上したが、東芝は1兆超えの減損。みんな原発商売のため。原発は東芝を潰すほど、もはや商売にもならない。にもかかわらず安倍政権は原発推進をやめようとせず、それを「忖度」して裁判所まで再稼働を許可する判決を出す。一方で被災者支援を3月で打ち切り。現場はまったく「コントロール」されず、年間1ミリシーベルトの国際基準を、日本は大丈夫とばかり20ミリシーベルトに挙げて被災地に帰還を強いる。そして経産省は「日本ってすばらしい!」という恥ずかしさもきわまる国際広告を打つ。

 そこに今村復興大臣(東電株もたくさんもっているようだ)、「自主避難者は自己責任」、国の方針に従わない者は面倒見ない、と復興法にも背馳することを公然と言い放ち、質問する記者を脅して追い返そうとする。こんな大臣も罷免しない。実際、この政権の閣僚は、首相がひどいから目も当てられないような連中しかいない。

 このドタバタの陰で、去年の女性暴行殺害死体遺棄事件やオスプレイ墜落事故をも忘れさせ、山城平和センター議長を5か月以上も拘留し、辺野古の新基地建設工事は着々と進めていて、あらゆる反対を押し潰して近く最初の埋立てを始めるという。

 問題が起こるとさらに大きな問題で騒ぎを後ろから前倒しに潰し、次々に問題をさらに大きな問題を押し流してゆく。それがこの政権のやり方である。次々に閣僚の失態や失格が明らかになるが、それでも「問題ない」としてこのデタラメ内閣は責任者に責任をとらせない。

 だが、これだけ政権の土砂崩れが起こると、いい加減年貢の納め時かなとも思うが、そこに共謀罪を上程して、また他の騒ぎを押し流そうとする。そう、この政権はいま、強力なサリンを撒いて政権批判を押し潰そうとしているかのようだ。それが共謀罪上程である。もちろんこれは、警察権限をほぼ無制約に拡大する最悪の治安立法である。それを持ちだして、稲田・森友・加計・安倍政治問題・失格大臣やその他の政権の崖崩れを、もっと大きな災厄(共謀罪)で潰して苦境突破を図ろうとしている。

 共謀罪(テロ等対策法?)が許せない悪法だというだけでなく、それをいま提出している安倍政権そのものが、いかにひどい政権であるかということを確認しておかなければならない。ほんとうにとんでもない「亡国政権」だと言わざるをえない。この先にはもう日本の瓦解しかない。個人の人権とか自由を守るとかいった贅沢な話ではない。この政権の延命の先にはこの国の瓦解と荒廃しかないということだ。