ベネズエラはアメリカの「脅威」か?2015/04/16

 アメリカとキューバの「歴史的復交」の陰で、とんでもないことが起こっていた。去る3月9日、バラク・オバマは「ベネズエラに関する国家的非常事態の宣言」を大統領令として発布したのだ。

 それによると、「政府による人権侵害、政敵への迫害、報道の自由の抑圧、暴力や人権侵害による反政府運動の鎮圧、恣意的逮捕・拘束、さらには著しい汚職の蔓延といったベネズエラの現状は、合州国の安全保障および外交政策上の甚大な脅威であると判断し、かかる脅威に対処するために国家的非常事態を宣言するとともに、以下の措置を命じる。」(措置の内容は主要人物の資産凍結、入国禁止など)

 「合州国の安保・外交上の重大な脅威…」、ナンジャ、これは、と思うが、これはほとんどCIAによるクーデター工作のゴーサインである。ここに挙げられた「悪事」はチャベス以前の親米富裕層政権が行なってきたことであり、一昨年急速に進行するガンで亡くなったチャベス大統領の路線を引き継ぎ、民衆の圧倒的支持のもとに社会改革を進める現在のベネズエラ政権が倒されて親米政権ができた場合に起こるような事柄である。たちの悪いヤクザの言いがかり以外の何ものでもない。

 ベネズエラでは一九九九年にチャベス政権が成立し、ボリバル革命と命名された社会改革が進められようとするなか、二〇〇二年4月、それまで権力を握っていた富裕層をバックにCIAの支援を受けた軍部によるクーデターが起こったが、バリオと呼ばれる貧民街から繰り出して首都カラカスを埋め「チャベスを返せ」と叫ぶ大群衆の前に、このクーデターは失敗した。

 ベネズエラは一国としては最大規模の石油資源をもっており、今でもアメリカの輸入量の15バーセント近くを供給している。アメリカはその利権を梃子に富裕層と手を組んでベネズエラを牛耳ってきたのだが(大産油国であるベネズエラを配下におけば、ОPECの価格支配に対抗できる等々)、チャベスはそれを「国民の富」にして社会の変革に用いようとしたのだ。それをアメリカは「自由の敵」たる「専制的な社会主義」だと言い、隙あらばかつてのチリのアジェンデ政権のときのように、軍部他あらゆる手段を使って転覆しようとしてきた。だが、最初のクーデター失敗のあと、チャベス政権は一〇年以上揺るがなかった。その果てのチャベスの急激なガンによる病死である。

 偉大な指導者を欠いたベネズエラがどうなるか、一部の人びとは(ほとんどは無関心だから)不安を抱えながら見守っていたが、生前のチャベスが言っていたように、彼がいなくなれば必ず必要な指導者が何人も現れる。そして主を欠いた大統領選で、時節到来とばかり勢いに乗る富裕層の候補を下して、チャベスの側近だったニコラス・マドゥーロが当選し、チャベスの政策は引き継がれている。

 それから約2年、シェール・ガス開発で石油価格をコントロールしようとしたアメリカに対し、サウジ・アラビア等産油国が超安価供給でシェール・ガスを採算割れに追い込もうと仕掛けを続ける中で、アメリカにはもうひとつカードが必要になったのだろう、上記の「ベネズエラに関する国家的非常事態の宣言」が出てきた。いまベネズエラの現政権が安泰であることは、アメリカの「存立危機事態」(そう、自民・公明が合意した集団的自衛権の要件はこんなふうに使える)だとでも言うかのように、オバマは「国家的非常事態」を発令したのである。

 アメリカがベネズエラの隣国コロンビアの国境地帯に戦闘機を配備し(コロンビアは日本のように米軍基地を提供する親米国だ)、工作員を潜り込ませて社会混乱を誘発させるとしても、ベネズエラがアメリカに対して同じようなことをして合州国を「存立危機事態」に陥れているという話はまったく聞かないし、そんなことは想定できない。それでも「自由の国」アメリカは、自国の影響力が「自由」に行使できないと、「自由の危機」だと騒ぎ立てる。

 キューバとの国交回復を準備するこの時期に、ベネズエラに対してこのような強硬姿勢をとることは、カストロとチャベスの協力でラテン・アメリカに結束を生み出した「ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体」に亀裂を持ち込もうとする意図を含んでいる。そうしてこの際各個撃破で、ラテン・アメリカを分裂させ、再び「合州衆の裏庭」にしようというのだろう。やはりオバマも「合州国の大統領」であることに変わりはない。

 一方的な(これを「ユニラテラル」という)この合州国大統領の宣言は、西側諸国とそのメディアにはそのまま受け入れられるため、ベネズエラの現政権にとっては逆に脅威になる。ベネズエラはこれに対して、「ベネズエラは脅威ではなく希望だ!」という国際的なキャンペーンを始めた。圧倒的な拡声器の規模の違いで、どれだけ効果をもつかわからないが、とにかく事実を知ることから始めて、この「音楽の国ベネズエラ」のキャンペーンを支援したい。

 おりしも、ウーゴ・チャベスがアメリカ大統領に就任したバラク・オバマに「勉強してくれよ!」と言いたげに贈った『収奪された大地、ラテン・アメリカ五百年』の著者エドゥアルド・ガレアーノが74才で亡くなった(4月13日)。チャベスのような読書家ではないオバマは、この本を読まなかったようだが、ドス・パソスやガルシア・マルケスと並び称されるこの作家・ジャーナリストの不朽の3部作『火の記憶』を再び手に取ってこの稀代の作家を偲ぶことにしよう。

*在日ベネズエラ大使館 http://www.venezuela.or.jp/content/view/69/134/ にパンフレット、署名用紙あり。
*オリバー・ストーンの思いのこもった『わが友ウーゴ』(2014)を観る機会があったら是非観られたい。
*2002年の反チャベス・クーデターについてはアイルランドのテレビ局がまとめたビデオ記録がある。BS-NHKで放送されたものがYoutubeにアップされている。①~⑤ https://www.youtube.com/watch?v=aZXAzhm2zJ8