凡庸な、あまりに凡庸な初日の出2016/01/02

 (伊良湖岬にて)

 去年も今年も、同じように陽は昇る。いや、一度として同じ陽はない、永劫回帰はたんなる反復ではない、と言った人もいる。そう言うのもいいだろう。ただ、今年の初日の出はことのほか「凡庸」に見えた。この世の中で何が起ころうとおかまいなく、いつもの正月と同じよう初陽は昇るのだと。

 ふと脳裏に浮かんでいたのは、暮れの集中講義の資料としてみた「水俣病の17年」というNHKアーカイヴスの終りのシーン。チッソとの直接交渉を求めて熊本から上京し、大手町のチッソ本社前にテントを張って、公害企業の不当と患者の要求への支持を訴える声をしり目に、みぞれ降る師走の街を人びとは立ち止まることもなく行きすぎてゆく。

 その行きすぎてゆく人びとのように、今年も元日の陽は昇る。

 日本では一昨年の夏、黒を白と読み替えて憲法をないがしろにする閣議決定がなされ、去年はそれに基づく安保一括法制が「無理」をさらして「人間かまくら」で通ったことにされ、これで政府は「日の丸部隊」を米軍の御用達に供しうることになった。

 一方で政府は最悪の公害企業と手を組んで、福島第一の「緊急事態」に蓋をし、「除染」でお茶を濁しながら住民の帰還を促し、原発問題はもうすんだかのようにして再稼働に走るばかりか、原発輸出とさらには軍需産業のテコ入れに精を出す。

 「経済成長」を目指すというこの政府は、無理やり株価だけは釣り上げたが(それももう限界だと言われている)、国内に貧困は広がり、一人当たりのGDPは下落の一途をたどっている(27位だそうだ)。労働条件は劣悪化し、定職についてもうつ病が待っている。大学を卒業したら600万~1000万の借金を負うとはどういう国か?

 そして「テロとの戦争」の泥沼にはまってゆく世界で、軍隊を出せると虚勢をはり、「従軍慰安婦」の旧悪も、隣国の弱みに付け込んで金を出すから身内を黙らせろと脅し、ますます世界で評判を悪くし、国民の肩身が狭くなるのを自慢している。

 そんな政府与党(自民党と公明党、それにおおさか維新が加わる)が、この夏の参院選挙(ひょっとしたら衆参同日選)でも議席を増やしそうだという。そうなったら改憲だが、それ以前に、こんな政府が支持されている(あるいは存続できる)というのはいったいどういうことなのか?日本社会は、どんな道理も無理で潰せる、そして無理を押し通す者たちが政府に君臨しうる「ならず者国家」に成り下がった、ということか。

 それでも陽は昇る。初日の出をこれほど白々と見たことはない。陽は昇ってもよい。いや昇るのがいい。だが、来年はその昇る陽を、もっと心に受けとめられるような正月を迎えたい。

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