10月衆議院選挙の結果を受けて ― 2017/10/23
衆院選挙の結果がほぼ出た。自公の与党は改憲発議に必要な3分の2の議席を確保。解散の正当性もないまま、ひたすら森友・加計疑惑から逃れるために臨時国会での冒頭解散を打った安倍首相は、これでまた堂々と居座れることになる。だがそうか? 議席数大幅減(80議席減)も覚悟して、当初安倍首相は勝敗ラインを与党過半数(233)と設定した。それからすると、タナボタのような自民党の圧勝である。
最大の「功労者」は、つい先ごろの都議選で自民党を震え上がらせた小池東京都知事と、小池氏が選挙間際に立ちあげた「希望の党」に、独断で自党を城ごと譲り渡そうとした前原民進党代表だろう。これが野党側に大混乱を巻き起こし、何とか重ねていた準備態勢をも瓦解させて、野党は急ごしらえの間に合わない状況で選挙になだれ込まねばならなかった。有権者はあれよあれよのドタバタに呆れ不信をもって自民党に戻り、あるいは棄権する、といったところだったろう。その結果が、無法で強引な解散だったにもかかわらず、自民党が圧勝することになった。
だが、この勝利がタナボタにすぎないことは自民党内部でも受けとめられている。だから安倍流のやり方がこのまま続けられるわけではないだろう。
今度の選挙のもっとも注目すべきことは、希望の党への合流を拒否して、枝野幸男がまず独りで旗揚げした立憲民主党が、わずか数日で78人の候補をそろえ、民進党流れを抱え込んで全国に235人を擁立した希望の党を凌いで、野党第一党の地位を獲得したことだ。もちろん50議席しかもたない小さな政党だ。しかし、野党第一党ということは、与党がまず第一に協議しなければならない勢力だ。
この党には新しい特徴がある。それは、既存の大政党でもなく、政治家の数合わせで離合集散する政党でもなく、市民が作らせた政党だということでだ。このことは枝野代表や福山幹事長が演説のたびに言っている。それは大衆受けをねらった美辞麗句ではない。3年ほど前から始まった新しい市民運動がある。それは安倍政権による安保法制強行の際に大きな盛り上がりをみせ、国会前を10万の人で埋め尽くした。どんな組織の動員でもない人びとが集まり、安倍政権の政策やそのやり方、日々の生活の足場からに怒りの声を挙げた。
その運動は、安倍政権の強行採決を食い止めるために「野党の共闘」を要求し、法案成立後は昨年の参議院選挙で「野党共闘」を呼びかけ、一人区での野党候補の統一を実現した。そのために、多くの人びとが生れてはじめて選挙運動に手弁当で参加したのである。
その人びとは多くは無党派市民だった。野党第一党の民進党に対しては、たいていは手厳しかった。民進党の姿勢がはっきりしなかったからだ。だから彼らは国会前の集会に出てくる野党議員たちを、党を超えて後押しした。
ところが今度の選挙を前にして、民進党の前原代表は希望の党への合流という方針を出した。だが小池氏の私設政党のような希望の党は、得体が知れないだけでなく、安保法制や憲法問題に関して自民党と本質的な違いがない。民進党にもそんな議員たちが巣食っていたから、市民運動は民進党を全面的に支持できなかったのだ。しかし民進党が解消されてしまうと野党の軸がない。だからそうならないことを願う、安倍政権とはっきり対峙しうる野党を求める、強い市民の要望があった。
前原代表や希望組は、いわゆる永田町の論理の中で、民進党の不評(支持が伸びない)の原因をまったく勘違いしていたのだ。
枝野幸男の背中を押し、旧来の政党から一歩踏み出すよう促したのはそういう市民の声であり、その声は政治家としての身を託すに足るという思いである。いつも国会前の集会にきて市民の声を背に国会内で闘うことをアピールしていた福山哲郎には、その実感があっただろう。
だから枝野は「立憲民主党」という党名を選んだ。「立憲主義」とは、この間、立憲デモクラシーの会などの喚起によって流布した憲法に関する考え方だ(近代国家は憲法を軸にした法治体制をとるが、憲法は国民を拘束するのではなく、権力者の恣意から国民を守るためにある)。そしてデモクラシー、つまり国家でも党でもなく、市民が主役の市民のための政治ということだ。
この間、市民運動が諸政党に求めてきたこと、その求めに応じることを自らの支えとしてこの党は「希望」から「排除」された政治家たちによって結成され(…世界から締め出される前に独力で世界を締め出し…、清水旭)、短期間で候補をそろえ、そのまま選挙戦に突入して二週間の選挙戦の末に一気に野党第一党になった。それはまさに、政治家たちの力によるのではなく、こういう政党を待ち望んでいた市民たちがそれぞれに全力で応援したからだ。とくに国会前のデモを牽引していた若者たちが。あるいは、全国でも悪天候をついて投票所に行った人びとがいた。
永田町の政治家たち、あるいは政界情報屋たちには、広範な市民が何を求めているのかがまったくわかっていない。だから、今日の開票速報でも、風が吹いたとか、吹かなかったとかで話をすませようとする。だが、都議選での「都民ファースト」の躍進が「風」のせいだったとしても、そして「希望の党」に一瞬寄せられた期待が「風」だったとしても、立憲民主党の「躍進」は「風」のせいなどではない。立憲民主党はその立上げによって、現実に生まれたばかりの党を支える大勢の市民を湧きあがらせた。その市民たちがこの党を一気に成長させたのだ。
これは一時の現象で、選挙後にはまた野党再編があるだろう、といった声もある。だが、それはないだろう。この党にはすでにしっかりした基盤がある。周囲で離合集散する諸勢力があっても、野党の軸になりこそすれ、その離合集散に巻き込まれることはない。だいたいこの党は、その茶番劇を振り払うことで登場したのだから(ついでに言うなら、小沢一郎氏を「成仏」させるために登場した?)。
だからこそ、安倍自民党は立憲民主党を最大の脅威とみなしている。とりわけ、安倍親衛隊のネトウヨ集団はこの新しい党を標的にしている。遠からず自民党にとって真の脅威になるのはこの党だからだ。
今回の選挙は、安倍政権が不当にしかけた選挙だったにもかかわらず、安倍政権に褒美を与えるような結果になってしまったのは、受け止めなければならない日本の現状だ。それを変えるために、この混乱と下からの整理のプロセスが必要だったと言えなくもない。このプロセスを経なければ立憲民主党のような政党は生れなかったのだ。もちろん理想の政党であるはずがない。しかし従来の政党とは根本的にでき方が違う、新しい政党、日本の民主主義=政治を作り変える資質をもった政党だと言うことはできるだろう。いまはこの政党に野党第一党としての存在感を示してほしいと願うほかはない。
ただ、付言すれば、ひとつ気がかりなのは、「野党共闘」を積極的に担ってきた日本共産党が今回議席を減らしたことだ。だがそれは60人以上の候補者を取り下げたからではない。立てても「共倒れ」を増やすだけで、さらに自民党や希望の党を利しただろう。
この間、共産党に投票していた有権者のいくらかが立憲民主党に流れたというのは確かだろう。しかし「野党共闘」を棄てれば、野党で票を食い合って自民・公明支配を安泰にするだけである。移るのは共産党のコアな支持者ではない。いわゆる無党派の有権者だ。
「野党共闘」を支えたことによって共産党への理解や支持は確実に増えている。共産党の党勢拡大には、この一般的支持を足場に、コアな支持者を増やすほかはないだろう(あるいは共産党が変わるしかない)。共闘を進め、翼を広げなければ、共産党の望むような政治状況(いまなら安倍自公政権を追い落とす)は生れない。志位委員長はその点は十分に踏まえているようで、開票速報番組でのコメントは揺るぎないものだった。
[追伸]
自公が3分の2を確保し、依然として改憲発議が可能であるだけでなく、希望の党も「改憲派」だとすると、改憲論議が活発になる。それに今度の選挙は「北朝鮮情勢」を表に出して「改憲」を公然の争点とした選挙でもあった。そのことについてまったく触れなかったのは、立憲民主党の新しい性格を重視したかったからだ。この党の重要性は、「護憲政党」だという点にあるのではない。枝野代表も憲法論議は拒むとは言っていない。むしろ変える必要があればそれは議論するというスタンスだ。
だが、立憲主義を否認する「安倍改憲」には反対する、という姿勢を明かにしている。立憲主義を尊重したうえでの改憲論議は避ける必要はない。改憲論議やその他の具体的な政策については、立憲・民主主義からの帰結がある。「安倍改憲阻止」というのも立憲主義によって「政治を立て直す」「まともな政治をする」という主張を基に生まれてくる。「安倍改憲」がなぜダメなのか。それは安倍政治が、森友・加計問題に体現されるような国家と権力の私物化を合法化するための「改憲」だからだ。立憲デモクラシーが問題にするのはその点である。
最大の「功労者」は、つい先ごろの都議選で自民党を震え上がらせた小池東京都知事と、小池氏が選挙間際に立ちあげた「希望の党」に、独断で自党を城ごと譲り渡そうとした前原民進党代表だろう。これが野党側に大混乱を巻き起こし、何とか重ねていた準備態勢をも瓦解させて、野党は急ごしらえの間に合わない状況で選挙になだれ込まねばならなかった。有権者はあれよあれよのドタバタに呆れ不信をもって自民党に戻り、あるいは棄権する、といったところだったろう。その結果が、無法で強引な解散だったにもかかわらず、自民党が圧勝することになった。
だが、この勝利がタナボタにすぎないことは自民党内部でも受けとめられている。だから安倍流のやり方がこのまま続けられるわけではないだろう。
今度の選挙のもっとも注目すべきことは、希望の党への合流を拒否して、枝野幸男がまず独りで旗揚げした立憲民主党が、わずか数日で78人の候補をそろえ、民進党流れを抱え込んで全国に235人を擁立した希望の党を凌いで、野党第一党の地位を獲得したことだ。もちろん50議席しかもたない小さな政党だ。しかし、野党第一党ということは、与党がまず第一に協議しなければならない勢力だ。
この党には新しい特徴がある。それは、既存の大政党でもなく、政治家の数合わせで離合集散する政党でもなく、市民が作らせた政党だということでだ。このことは枝野代表や福山幹事長が演説のたびに言っている。それは大衆受けをねらった美辞麗句ではない。3年ほど前から始まった新しい市民運動がある。それは安倍政権による安保法制強行の際に大きな盛り上がりをみせ、国会前を10万の人で埋め尽くした。どんな組織の動員でもない人びとが集まり、安倍政権の政策やそのやり方、日々の生活の足場からに怒りの声を挙げた。
その運動は、安倍政権の強行採決を食い止めるために「野党の共闘」を要求し、法案成立後は昨年の参議院選挙で「野党共闘」を呼びかけ、一人区での野党候補の統一を実現した。そのために、多くの人びとが生れてはじめて選挙運動に手弁当で参加したのである。
その人びとは多くは無党派市民だった。野党第一党の民進党に対しては、たいていは手厳しかった。民進党の姿勢がはっきりしなかったからだ。だから彼らは国会前の集会に出てくる野党議員たちを、党を超えて後押しした。
ところが今度の選挙を前にして、民進党の前原代表は希望の党への合流という方針を出した。だが小池氏の私設政党のような希望の党は、得体が知れないだけでなく、安保法制や憲法問題に関して自民党と本質的な違いがない。民進党にもそんな議員たちが巣食っていたから、市民運動は民進党を全面的に支持できなかったのだ。しかし民進党が解消されてしまうと野党の軸がない。だからそうならないことを願う、安倍政権とはっきり対峙しうる野党を求める、強い市民の要望があった。
前原代表や希望組は、いわゆる永田町の論理の中で、民進党の不評(支持が伸びない)の原因をまったく勘違いしていたのだ。
枝野幸男の背中を押し、旧来の政党から一歩踏み出すよう促したのはそういう市民の声であり、その声は政治家としての身を託すに足るという思いである。いつも国会前の集会にきて市民の声を背に国会内で闘うことをアピールしていた福山哲郎には、その実感があっただろう。
だから枝野は「立憲民主党」という党名を選んだ。「立憲主義」とは、この間、立憲デモクラシーの会などの喚起によって流布した憲法に関する考え方だ(近代国家は憲法を軸にした法治体制をとるが、憲法は国民を拘束するのではなく、権力者の恣意から国民を守るためにある)。そしてデモクラシー、つまり国家でも党でもなく、市民が主役の市民のための政治ということだ。
この間、市民運動が諸政党に求めてきたこと、その求めに応じることを自らの支えとしてこの党は「希望」から「排除」された政治家たちによって結成され(…世界から締め出される前に独力で世界を締め出し…、清水旭)、短期間で候補をそろえ、そのまま選挙戦に突入して二週間の選挙戦の末に一気に野党第一党になった。それはまさに、政治家たちの力によるのではなく、こういう政党を待ち望んでいた市民たちがそれぞれに全力で応援したからだ。とくに国会前のデモを牽引していた若者たちが。あるいは、全国でも悪天候をついて投票所に行った人びとがいた。
永田町の政治家たち、あるいは政界情報屋たちには、広範な市民が何を求めているのかがまったくわかっていない。だから、今日の開票速報でも、風が吹いたとか、吹かなかったとかで話をすませようとする。だが、都議選での「都民ファースト」の躍進が「風」のせいだったとしても、そして「希望の党」に一瞬寄せられた期待が「風」だったとしても、立憲民主党の「躍進」は「風」のせいなどではない。立憲民主党はその立上げによって、現実に生まれたばかりの党を支える大勢の市民を湧きあがらせた。その市民たちがこの党を一気に成長させたのだ。
これは一時の現象で、選挙後にはまた野党再編があるだろう、といった声もある。だが、それはないだろう。この党にはすでにしっかりした基盤がある。周囲で離合集散する諸勢力があっても、野党の軸になりこそすれ、その離合集散に巻き込まれることはない。だいたいこの党は、その茶番劇を振り払うことで登場したのだから(ついでに言うなら、小沢一郎氏を「成仏」させるために登場した?)。
だからこそ、安倍自民党は立憲民主党を最大の脅威とみなしている。とりわけ、安倍親衛隊のネトウヨ集団はこの新しい党を標的にしている。遠からず自民党にとって真の脅威になるのはこの党だからだ。
今回の選挙は、安倍政権が不当にしかけた選挙だったにもかかわらず、安倍政権に褒美を与えるような結果になってしまったのは、受け止めなければならない日本の現状だ。それを変えるために、この混乱と下からの整理のプロセスが必要だったと言えなくもない。このプロセスを経なければ立憲民主党のような政党は生れなかったのだ。もちろん理想の政党であるはずがない。しかし従来の政党とは根本的にでき方が違う、新しい政党、日本の民主主義=政治を作り変える資質をもった政党だと言うことはできるだろう。いまはこの政党に野党第一党としての存在感を示してほしいと願うほかはない。
ただ、付言すれば、ひとつ気がかりなのは、「野党共闘」を積極的に担ってきた日本共産党が今回議席を減らしたことだ。だがそれは60人以上の候補者を取り下げたからではない。立てても「共倒れ」を増やすだけで、さらに自民党や希望の党を利しただろう。
この間、共産党に投票していた有権者のいくらかが立憲民主党に流れたというのは確かだろう。しかし「野党共闘」を棄てれば、野党で票を食い合って自民・公明支配を安泰にするだけである。移るのは共産党のコアな支持者ではない。いわゆる無党派の有権者だ。
「野党共闘」を支えたことによって共産党への理解や支持は確実に増えている。共産党の党勢拡大には、この一般的支持を足場に、コアな支持者を増やすほかはないだろう(あるいは共産党が変わるしかない)。共闘を進め、翼を広げなければ、共産党の望むような政治状況(いまなら安倍自公政権を追い落とす)は生れない。志位委員長はその点は十分に踏まえているようで、開票速報番組でのコメントは揺るぎないものだった。
[追伸]
自公が3分の2を確保し、依然として改憲発議が可能であるだけでなく、希望の党も「改憲派」だとすると、改憲論議が活発になる。それに今度の選挙は「北朝鮮情勢」を表に出して「改憲」を公然の争点とした選挙でもあった。そのことについてまったく触れなかったのは、立憲民主党の新しい性格を重視したかったからだ。この党の重要性は、「護憲政党」だという点にあるのではない。枝野代表も憲法論議は拒むとは言っていない。むしろ変える必要があればそれは議論するというスタンスだ。
だが、立憲主義を否認する「安倍改憲」には反対する、という姿勢を明かにしている。立憲主義を尊重したうえでの改憲論議は避ける必要はない。改憲論議やその他の具体的な政策については、立憲・民主主義からの帰結がある。「安倍改憲阻止」というのも立憲主義によって「政治を立て直す」「まともな政治をする」という主張を基に生まれてくる。「安倍改憲」がなぜダメなのか。それは安倍政治が、森友・加計問題に体現されるような国家と権力の私物化を合法化するための「改憲」だからだ。立憲デモクラシーが問題にするのはその点である。
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